FC2ブログ

平成27年5月 舟遊プランで世界遺産も訪ねる旅 Vol.3

この記事はこちらからの続きです。


150517-46.jpg
道の駅大津で簡単な昼食を済ませた後は・・

150517-48.jpg
九州自動車道に乗って南下。

150517-49.jpg
松橋ICから三角半島を西へと進みます。



150517-50.jpg
午後1時過ぎに取り敢えずの目的地JR三角駅に到着しました。

150517-51.jpg
この駅舎、ディテールを見てもらうとわかると思いますが、戦前に建てられた立派な建物です。
正確な年代は分からないようですけどね、三角線の中にJR九州で最も古い駅舎があるからこの駅舎は陰に隠れた感じですが、細部は格式高いと思います。

150517-52.jpg
かなり前に来た覚えがあるような無いような・・
ごく最近改装されたようで、駅舎入口のレンガ積みもペンキで塗りつぶされていますね。
この駅舎の写真も撮っておきたかったのですが、この後の旅の展開に重要な要素になるのでわざわざ立ち寄りました。

150517-53.jpg
それでは更に車で5分程度走って移動。

150517-54.jpg
目的地に到着しました。

150517-55.jpg

150517-56.jpg
三角西港です。

この旅行記がアップされる頃には正式に世界遺産に指定されているのでしょうが、今回の旅行ではここに立ち寄ることを織り込んで計画を練りました。

簡単に説明しますと明治期に建設された西洋式の近代的港湾施設が残っているため、世界遺産指定されたものです。
なぜここがそっくりそのまま残ったのかと言うと、先程登場した三角線の終点三角駅が地形等の問題から三角西港付近まで延長できなかったため港湾機能が東側に移転してしまったのです。

そんな理由から西港周辺は急速に廃れていき、その後昭和期に入って以降も大々的な改修の手が入らずに済んだようです。

150517-57.jpg

150517-58.jpg
港の中央部分にある山からの排水溝も同様なのですが、岸壁はすべて非常に精巧な石積みで造られています。

150517-59.jpg
勿論その周辺には私が大好きな近代建築も少々遺っています。
これは旧浦島屋旅館(の復元建築)。
ラフカディオハーン(日本名;小泉八雲)が利用しました。自身の紀行文「夏の日の夢」に登場するようです。
実物は明治38年に解体され、大連に移築されてしまいますが、ラフカディオハーンにゆかりがあることなどから平成5年に残っていた設計図を基に再建されました。

150517-60.jpg
再建建築(レプリカ)らしい内装ですね。
実は私は三角西港がこんなにメジャーになるより遥か前、平成一桁年に見学に来たことがあります。
その時は観光客なんか殆どいなくて、本当に静かなところでした。

150517-61.jpg
現在はこの建物の中で喫茶店営業もなされているのですが、当時はほとんど無人だったような。ベランダに出るのも目立つ感じだったな。

150517-62.jpg
こちらは龍驤館。

150517-63.jpg
大正7年竣工の建物。この旅行記を作る際に調べてみたら、本来は先程の浦島屋旅館がこの位置にあったようですね。
大連へ移築撤去された後にこの龍驤館が建てられたです。

150517-64.jpg
これは三角西港設計者のムルドルにちなんだムルドルハウスなるお土産物を扱った物産館です。
この建物の由来を調べようと思ったのですが、何も出てきません。もしかしたら所謂洋風建築風のレプリカ建築かもしれませんが、個人的には変な違和感を感じさせない良い雰囲気でまとまった建物だと思います。

150517-66.jpg

150517-65.jpg
中はちゃんとお土産物を売っていました。
以前来たときにはちゃんと営業していたかな??

150517-69.jpg
こちらは旧三角海運倉庫。
昭和63年に修復され、平成16年に文化財指定されたんだそうです。現在は中でレストラン営業がなされていますが、確か私が訪れたときは殆ど無人に近い建物だったような記憶があります。

150517-70.jpg
これは高田回漕店の建物です。
中が見学できるようになっていましたが、私が見たときは廃屋状態だったような記憶があるような、無いような・・・

ただ、これらの建物の周りにあった一般住居は用地買収で立ち退きになったようです。今後は公園としてもっと美しく整備されるとのこと。

150517-68.jpg

150517-67.jpg
港の周りにはこれだけしか残っていないのですが・・・

150517-71.jpg
先ほどの中央排水路を山の方へ向かって行くと・・

150517-72.jpg

150517-74.jpg
こんな建物にたどり着きます。

150517-73.jpg
現「法の館」、旧三角簡易裁判所の建物です。

150517-75.jpg
平成年代に入るまで簡易裁判所として機能していたようです。

150517-76.jpg
その真向いにはこんな廃屋がありました。
以前訪れたときは気づかなかったのですが、この建物も洋風の意匠が取り入れられたものでした。

150517-77.jpg
どこが??と思われそうですが、このような吹きガラスでしつらえたちょっと凝った玄関窓があったり・・

150517-78.jpg
軒下の装飾であったり・・多分戦前の建物でしょうね。遺るかなー?


150517-81.jpg
そして最後にその近くにある建物です。ほんの100メートルも離れていないと思うのですが・・

150517-79.jpg
木漏れ日の中から見えてくる感じも良いと思うのですが・・

150517-80.jpg
旧宇土郡役所、現九州海技学院です。明治時代の建物で、現在は海技免許講習を行う学校になっているのだそうな。

150517-83.jpg
最後に三角西港の全景を撮っておこう。
多分世界遺産に指定された現在は観光客でごった返しているところになっているだろうと思います。
以前の静かなころを知っているものにとっては、自分だけが知っているちょっと良いところと思っていただけに残念と言えば残念ですが、今後良い形で残ってくれると安心できるのもきっと良い事。

150517-82.jpg
最後に私のブログらしく笑いを取りたいところもあるのですが、当のラフカディオ・ハーン(小泉八雲)はこの風景をいかにも日本らしい美しい風景だと絶賛しました。
そこに西洋式の近代的な港湾が整備される現状についてはひどく嘆いたと伝えられています。

先ほど登場した浦島屋旅館についてですが、そこで働く美人女将さんをもまた、日本的美人だと絶賛しました。
日本の昔話に入れ込んでいたラフカディオ・ハーンは自分が浦島太郎でその女将さんを竜宮城のお姫様なんだと妄想したようです。












a9b69866.jpg
彼はきっとこれ系の外国人だったんだと思います。

150517-84.jpg
それでは今日の宿泊地へ向かおう。

150517-85.jpg
天草諸島へ向かいます。

150517-86.jpg
このあたりの多島美もなかなかのものですが、結構良い時間になったので先を急ぎます。

150517-87.jpg
天草四朗メモリアルホールだったかな。時間の都合で素通りです。

150517-88.jpg
ズドドドド・・・

150517-90.jpg

150517-91.jpg

150517-92.jpg
天草五橋を通過中の写真です。
昭和年代に開通しましたが、当初の予想をはるかに超える利用者がいて、慢性的に渋滞が発生しているのだそうです。

150517-93.jpg
ゴゴゴゴゴゴ・・・・


150517-110.jpg
その後島内のあちこちを観光した後、宿泊地へ。

150517-111.jpg
下田温泉泉屋旅館という旅館に到着しました。
静岡の人間に下田温泉と言うと、伊豆半島の方を想像するようなので天草下田温泉と表現した方が良いようです。

150517-112.jpg
やれやれ、大分から下道メインで移動したから疲れた。

150517-113.jpg
旅館の窓から外を見たところです。
ちょうど夕日が沈むころだったんですが、いったん靴を脱いで畳の上に座ると窓からの景色で十分だと思ってしまいました。

150517-114.jpg
川にはカモもいたしね。

150517-115.jpg
海辺の近くの旅館に来たらやっぱり食事が楽しみになるもの。温泉に入ってさっぱりして・・

150517-116.jpg
待つこと暫し・・
午後6時半に夕食の時間となりました。

150517-117.jpg
スタート時点の内容はこちら。

150517-118.jpg
時計回りにタコ、下の器にはキビナゴ、それからウツボの辛子味噌和え。

150517-130.jpg
ウツボはゼラチン質が多い感じでした。

150517-119.jpg
こちらはウチワエビ。

150517-131.jpg
真っ二つにされて可哀想なんですが・・・w

150517-132.jpg
このように簡単に身が取り出せました。

150517-127.jpg
それから茶わん蒸し。

150517-120.jpg
そして天草ロザリオポークと言う名称の豚のシャブシャブです。

150517-138.jpg
ビールで乾杯w

150517-121.jpg
暫くすると御主人が船盛をもってきました。
うおぉっ! 想像以上に良いじゃないか!!

150517-122.jpg
こちらはメバチ。九州ではクロと言っていました。御主人が「クロです。」と言ったから、ああ久しぶりに聞いたなと言う感じでした。

150517-123.jpg
これはカンパチ。

150517-124.jpg
ムラサキウニ。

150517-125.jpg
これは何とアイゴ、福岡の方言ではバリ。
ヒレに毒があり、調理に手間がかかりためあんまり人気の無い魚です。
天草諸島では豊富に獲れてしまうとかだそうで、新鮮なものをヒレを上手に処理すれば意外に美味しく食べられる魚なのだそうです。

150517-126.jpg
そしてこれはコノシロ。
幼魚はコハダ。コハダの方が寿司ネタとして高値で取引されるのだそうです。
身が臭くて、骨が多いのでわざわざこれを食べることも無いのだそうですが、身が臭くなる原因がさばく時に内臓を傷つけてその匂いが移るからだそうで、内臓を破らないように骨を断つように包丁を入れるとこれもまた美味しく食べれるんだと仰っていました。

150517-128.jpg
ビールの御代わりをするために冷蔵庫を開けるときに気付いたのですが、潮が満ちてきてカモたちがどこかに行っていましたw

150517-129.jpg
途中こんな変わり種も登場しましたよ。(私がリクエストしたのですがw)  
ヒトデです。

150517-133.jpg
食べ方ですが、このようにひっくり返して・・

150517-134.jpg
海老反りにさせると中に卵が入っています。

150517-135.jpg
ポン酢でいただきました。この時期だけ食べることができる珍味なのだそうです。

150517-136.jpg
更に途中でかなり大きめなトビウオの揚げ物も来ました。

150517-137.jpg
最後は炊き込みご飯とアサリ汁。
こちらでは炊き込みご飯のことをかやくご飯と言います。

150517-139.jpg
〆のデザートです。
トマトのゼリーだそうです。

150517-140.jpg
本当にデザート感覚で食べられるトマト風味のゼリーだったw 

150517-141.jpg
美味しゅうございました。御馳走様でした。

150517-142.jpg
そんな事でこの日はあっという間に寝てしまいました。





この記事の続きはこちらをクリック。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

No title

おはうございます。洋風建築散策とおいしいお料理の写真を堪能しました。ヒトデって食べられるんですね。はじめて知りました。世界遺産になりましたらしばらくは混みそうですね。

Re: No title

あきらさん、こんにちは。

更新が滞りました。すみません。
ヒトデは春先に産卵するので、この時期だと卵を抱いていて食べることができるのだそうです。
天草諸島のB級グルメだと思います。本来B級グルメとはそんなものだと思うのですが、最近は地元の人も知らないような食べ物が出回ることがあるので、あえて出してみました。

ギヤーツ!ヒトデは初めての…。
どんな感じなのか?
具合が悪くなりそうです。
世界でこの人口を養うのには、昆虫も選択肢に…が必須と言われていますが私は生きて行けないタイプかも知れません^_^;

Re: タイトルなし

サッピエロさん、こんにちは。

ヒトデ自体は茹でた後でもザリザリとした感じで動かせます。卵は普通にさらっと食べることの出来るものでした。
天草周辺ではヒトデ1匹200円くらいで居酒屋で食べることが出来ますよ。
バリを上手に調理して食べたり、ヒトデを食べたり、何とかして食べようとするあたりにこの地域は昔は豊かでは無かったんだなと感じさせられました。
信州地方でイナゴやスズメバチの幼虫を食べるのと同じような感覚だと思います。

No title

排水溝の一番最初のに「ポンプ?」が映りこんでますよね? 何のためって、現地の人に聞かないと分かりませんよね?
地域限定食は材料や製造元の関係でほんの少数だったり、地域だけで消費されてる物が多いです。それをさも面白く茶化す番組は……。雑誌もやらかすようでして、話に絡みそうになった寿司屋の大将から聞かされた話は本当と思います。

さて、「だいせつ」鎮火の報が…。室蘭港で係留後に検証すると言ってました、それと火元の上のCデッキ画像を二枚見たのですが真っ黒だったり溶けたりしてました。

No title

私の悪い癖が……。「だいせつ」の消火に使った炭酸ガスは30トン、ローリー二台でした。これを台船に載せ横付けし注入(このために函館沖へ)、なんでもドライアイス化するので気化にはノウハウが必要とか。過去にも同様の手法を使ってるエアーウォーターが協力と伝わってます。

タイプミスですね
>ビールの御代わりをするために例造花を

Re: No title

秋田利用さん、こんにちは。

排水溝のポンプみたいなものは何でしょうね?さすがにわかりません。
因みに三角港が廃れた理由は鉄道が来なかったこともありますが、いざ作ってみたら意外に潮流があって、接岸に苦労することが分かったというのもあったそうです。
プロフィール

U-BOAT

Author:U-BOAT
福岡県出身。縁あって静岡県浜松市に住み着いて10年になります。
いろいろなことに挑戦してみたいという気持ちは常にありますが、実力が伴っていません。
凝り性ではありますが、ネットの世界では私よりも知識の深い人はいくらでも居ます。
趣味も旅行を始め、多岐に渡ります。ジャンルにとらわれない少しばかり濃い目のブログを作っていきたいと思います。
ご指導、ご鞭撻よろしくお願いします。 2010年8月

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
最新記事
最新記事
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR