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平成27年3月 博多のちょっとした歴史を巡る旅 中編

この記事はこちらからの続きです。



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時刻はこのくらい。午前6時過ぎです。

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浜松駅までやって来ました。
今回は福岡市へ出張です。

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やって来た始発の新幹線に乗車。

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ヒュンヒュンヒュン・・・

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30分程度で名古屋駅に到着。ここで博多行きののぞみに乗り換えました。

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前日は午後11時まで仕事。寝たのは0時過ぎ。当日は午前4時に起きてジョギングして出てきたから新幹線の中ではほぼ爆睡していました。あっという間に博多駅到着。

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そこからJR九州在来線に乗り換え。
いったいどこに行くかと言うと・・・

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新幹線に乗る時に撮った写真ですが、目的地は福岡市内。
博多で降りてもあんまりすることが無いので、思い切って福岡市内の一番遠い所、西戸崎に行こうと思った訳です。

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・・・と言うことで、香椎駅到着。

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接続良く、5分程度の待ち時間で香椎線西戸崎行がやって来ました。

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ガラララララ・・・・(ディーゼルサウンドのつもり)

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ゴトンゴトン・・ゴトンゴトン・・
ただっぴろいところを通過していますが、この辺は雁ノ巣という所です。
雁ノ巣と言う地名、野球が好きな人なら思いつくのはソフトバンクホークスの2軍の本拠地がある場所と認識されているようです。今は雁ノ巣レクリエーションセンターなんていうスポーツ施設もあるところですが、実はかつてここには空港がありました。







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その証拠の写真というわけでもありませんが、これです。雁ノ巣飛行場、もと福岡第一飛行場です。
戦前!に大陸向け国際航路も持つ民間空港として開港、戦後はアメリカ進駐軍に接収されブレディ空港の名称で昭和40年頃まで使用されました。ちなみに現在の福岡空港は、もともとあった民間空港の雁ノ巣飛行場がアメリカ軍に接収された影響で、戦後民間空港として整備されていったものであるわけです。

今回はその空港のあった名残を周辺施設の建物を中心に訪ねてみる魂胆です。

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そんなこんなで終点西戸崎駅に到着。

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西戸崎駅はこんな近代的な駅舎に代わっていたのね。
私の記憶のある限りでは西戸崎駅も典型的なローカル線の駅舎でした。ちなみに香椎線、戦前に福岡市南部にある宇美町周辺で採れるの石炭の積み出しのために引かれました。
博多湾鉄道汽船という名称の会社が運営していましたが、この会社は他社と合併してのちの西日本鉄道となります。西日本鉄道香椎線として経営された時期もありましたが、石炭を運ぶ重要路線であったこともあって戦時中に当時の国鉄に編入されました。


西鉄も儲かっている路線を国鉄にぶんどられて歯がゆい思いをしたでしょうけど、今となっては赤字ローカル線か・・
西鉄としては結果的に良かったのではないだろうか・・

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それでは目的地へ向かおう。

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ふと見ると、割と立派な建物の写真館がありました。
米軍基地のそばにある写真館は結構儲かったそうです。
朝鮮戦争、ベトナム戦争のある時期は戦地に赴く前に皆さん上等なポートレートを作るために利用したんだとか。
帰ってきた時に受け取るのですが、もちろん中には戦死してしまって、半泣きの友人が引き取りに来るケースもあったそうです。

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これは何でしょうね。前のシャッターは改造してつけられたようですが、煙突が付いていますから、もともとは立派な家だったはず。

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そうやって、歩いていると油槽所の近くに目的のものが見えてきました。

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米軍ハウスです。
アメリカ軍が雁ノ巣空港を接収するにあたって、兵士用のアパートを多数建設させました。
それを俗に米軍ハウスと言います。
1棟はモルタル塗りに改装されていましたが、残り2等は下見板のまま、ここには3棟残っていました。

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窓やドアはアルミサッシに代わっていますが、全体像はオリジナルのままの模様。
建物全体をペンキで塗りたくってしまうのが、いかにも1950年代のアメリカな感じがします。

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このアングルで見ると良い感じだなぁ。

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ぶらぶら歩いていると、次の物件を見つけました。

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玄関周りは増築されているようですが・・・

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下見板の外装はオリジナルのまま残っていました。
写真を撮っていると、道を歩いている老年の女性に「何かの調査ですか?」と声をかけられました。
正直に「米軍ハウスを記録しておこうと思って来たんです。怪しくてすみません。」と答えました。

・・・マスクをしたままは怪しいか、、マスクを取って素顔のままでうろうろすることにしました。

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こちらの物件も米軍ハウスですが、ここはちょっとしたアンティークショップになっています。
私は間違いなく何も買わないので、中に入るのは遠慮しておきました。

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この2棟もそうじゃないかな?

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この2棟も米軍ハウス。
うろうろしていると先ほどの御婦人に再び出会いまして、今度は笑っていました。

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これもそうだな・・・と思ったのですが、

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門扉もひょっとしたらオリジナルかな?昭和30年代の家なんかに使っていそうな意匠でした。
右側の増築部分の屋根が歪んでいますね。

このように旅行記をまとめていて気付いたのですが、民間に払い下げられ住居として使われている建物の多くが玄関周りに増築を受けていました。
理由を考えてみたのですが、もともとは建物の中でも土足で歩く習慣のあるアメリカ人のために建てた建物です。基地が閉鎖され、もとの米軍ハウスが日本人に払い下げられるときに、玄関周りの小上りが省略されていたのはいささか不都合だったから、後付け玄関が出来たと言うことではないでしょうか?

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1950年代に建てられて、その後民間に売却されているから当然痛んできて改造されていたりするわけですが、基本下見板の建物を探せばいいのではないかと思って探し回りました。

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この2棟は左側の家は下目板の外装をこげ茶色のペンキで補修しています。


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右側の家は外装はトタンで補修しているようですが、鉄門扉をペンキで補修しています。門扉のデザインは先ほどの家と似ているからやはり当時のオリジナルのものかな?

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個人的にはこの建物が気に入りました。外装はモルタルのようですが・・

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こちらのサイドは窓は引き上げ式です。ペパーミント色の窓枠の似つかわしいと思いましたが・・

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玄関の扉にはハッとさせられました。多分オリジナルでしょうね。アメリカ人が中に居そう・・・今は無人のようですね。

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目が慣れてくると、だいたい平屋建てのシンプルな長方形の建物が米軍ハウスだったものだったんだろうとわかるようになりました。

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これも多分そうだろうな。

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こんなに海に近いところに・・

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そしてこんな建物も発見しました。

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かなりオリジナルに近いようです。
無人のまま放置されているため、藪に飲まれようとしていますが・・・

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その奥にも多分同じ構造のものと思しき米軍ハウスの建物がありましたが・・・
ここの家は雨漏りがひどかったのか、屋根にトタンを引いてFRPをぶっかけて水の浸入を防ぐという豪快な修理をしています。
怖くてこれ以上近づけませんでした。

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こんな建物を見つけましたが・・・

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これは和洋折衷スタイルの昭和初期頃からあったかもしれない建物だな。

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この建物はどうかと思いましたが・・・

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外壁も何もかもこげ茶色のペンキで塗っています。アクセントでグリーンを使っていますが・・

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ジィッと見ていると、どうやらこの2階建ての2階の部分が増築されたもののようですね。
多分米軍ハウスです。

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なかなか楽しなぁ。かなり取り壊されたと聞いていたけど、それでも残っているじゃないか。
・・・と思いながら歩いていると公民館の前にやって来ました。

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あれっ?
私のために用意してくれていたような展示会がありました。
入場無料だから、もちろん入ります。

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中に入るとこんな感じ。写真に写っている男性が公民館の館長で、この方の企画のようです。
「僕が子供の頃には米軍の横流しのステーキを食べて育ちました。だから僕は進駐軍の血が流れようとです。ハーフです。」そげな事ば言いよりました。

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「昔、僕の街にはハローがたくさんいた。」
この辺では米兵の事をハローさんと言っていたんだろうな。

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米軍基地関係の資料もありましたが・・・

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マリリン・モンローが西戸崎に来ていたのですね。そら知らんかったばい。
よく見ると、グラグラこいたと書いてありますね。一般に怒ることを「グラグラこく」と言っていましたが、これが方言とは知りませんでした。
(余談ですが、比較的マイルドな怒り方を「はらをかく」と言います。)

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それからこちらには西戸崎炭鉱関係の資料も多数置いてありました。

館長さんに米軍ハウスを見に来たというと、私が見落としていた西戸崎駅近くの物件について教えていただきました。
だいぶ歩いてきたからどうしようか?と思ったのですが、次訪問する機会もなかなかないと思って引き返しました。

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それがこれ。

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これはかなりオリジナル度が高いですね。
しかも綺麗にリフォームしている。すべてをペンキで塗りたくって、実にフィフティーズアメリカンな補修方法だ。

何やら好きな人がわざわざ東京から移住して購入したものだそうです。

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わざわざ引き返して見て良かった。それではまだあるはずだから、先へ行こう。フウフウ・・・

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最初に声をかけられたご婦人は「5丁目のところはほとんど全部そうだった(米軍ハウス)だった。」と、言っていましたが、その5丁目に入って間もなく見つけた建物がこれでした。

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補修すれば見違えるようになるぞ。

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そしてその近くにはこんな建物もありました。

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引き上げ式窓はサッシに代わっているようですが、かなりオリジナル度が高いようです。
オーナーさんが庭の手入れをしていたので話を伺うことが出来ましたが、やはり好きでこの建物に住んでいるのだそう。
米軍ハウスは木造のものばかりと思いましたが、補修するときに分かったけど、壁がレンガ造りだったと言っていました。

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そしてさらにこんな物件もありました。
これは最近古屋付き土地物件として売りに出されたもの。
50坪強1100万円くらいで出ていましたが、どうやらお好きな方が買われたようです。

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綺麗に補修されていました。

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その他・・・

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この建物も煙突が残っているし、オリジナル度が高いのですが、無人のよう。ちょっと厳しいかなぁ。

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一応公民館の館長さんには米軍ハウスのマップを作ってみたらいかが?と言っておきましたが、話題になれば残されるんじゃないかな?

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それではさらに先へ。

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ヒイコラ歩いて行くうちに見えてきました。

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西戸崎、ひいては志賀島方面に遊びに来る人たちにとっては地味に人気なスポット、船外レストランやすらぎ丸です。

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博多駅に午前11時前に到着して、ここまでたどり着いたころにはこの時間。
朝は100円のパン1個しか買っていなかったから、さすがに腹が減った。

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メニューはいろいろあるのですが、ここはやっぱり金印ドッグかな。

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注文を受けてから作り出すのでしばし待ちました。
金印ドッグ550円です。
あんまり美味しくなさそうな外観ですが、ソースがかなりつゆだくで割と美味しいです。
道に迷ってうっかり志賀島方面に来た方はどうぞ召し上がってください。

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美味しゅうございました。
御馳走様でした。

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それではさらに目的地へ。

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フウフウ・・・やっと志賀島が見えてきた。

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砂州を渡っている最中に見えてきました。

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あれに乗って博多市内に向かおう。



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コメント

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ぐらぐらこいた…

おはようございます。
小倉に4年住んでましたけど、ぐらぐらこいたって立派な方言ですよ、ご存じなかったですか。

金印ドッグ、まだあったんですね、値段は上がってるけど。
米軍ハウスには全く興味なかったですが、いやぁ~良い物を見せていただきました。

後編も勝手に期待してますので、暇を見てアップお願いします。

良い建物ばかり

良い建物ばかりを見る事が出来ました。

屋根の一部がひずんだ建物は、寿命が過ぎています。とても危険。
恐らく歪んだ屋根の雨漏りを放置してあったのでしょう。
そんな所に目が行くのは、やっぱり、ぼーとさんですネ。

若い世代がリファインして住んでいるのでしょうか?白いペンキに
ぬりかえられて、手入れが行き届いた良い感じの建物。ずーっと
は持ちませんがこの様に大事に最後まで住みっぷりの良いスタイル
をしている方を尊敬します。この様にありたいものです。

○○ドック。参考になりました。美味しそう。生地の扱いが少々乱暴
なのが御愛嬌ですね。

おはようございます。西鉄貝塚線も三苫あたりが終点になって、津屋崎までが廃線になってしまったようですね。どこも赤字路線の運営は厳しいですね…。

Re: ぐらぐらこいた…

ぢぢさん、こんにちは。

地元を出てみないと普段使っている言葉が方言だとは気付きにくいものです。
私はずっと自分は標準語をしゃべっていると思っていました。

http://meduboat.blog102.fc2.com/blog-entry-213.html
こういうのもありますが、筑豊地方の年配の方はアイスクリームをクリームと言う方が多かった気がします。
「クリーム食べるね?」と言われても個人的にはホイップクリームかハンドクリームが出てきそうな気がしました。

Re: 良い建物ばかり

サッピエロさん、こんにちは。

米軍ハウスは東京の福生市に残っているものが有名ですね。
あちらは大事に保存活用されているようですし、賃貸物件も町の人が多いようです。
さらに米軍ハウスをイメージした平成ハウスなる建物も登場しているようです。
西戸崎に残るものは有名ではありませんから、わざわざ東京あたりから移り住んだ人は大喜びだったのではないでしょうか?
金印ドッグ、確かにパンが何とも・・・と言う感じですが、1回食べたらもういいやともならないから面白いと思います。
初めて食べたときはパンにイカという組み合わせに相当なインパクトを感じました。

Re: タイトルなし

あきらさん、こんにちは。

西鉄もかつては福岡市、北九州市、久留米市、大牟田市内に路面電車を持っていたようです。
福岡市は渋滞解消のため、久留米市、大牟田市は純粋に利用者減少のため、廃止しました。かつてはドル箱路線だった北九州市内線も小倉、黒崎市内の渋滞を理由に子会社筑豊電鉄線を覗いてすべて廃止にしてしまいました。
北九州市内線は廃止間際まで赤字額も大したものでなくて、やる気を出せば黒字転換できた可能性もあったようですが、西鉄自身がバス事業に絞りたかったようですし、いろいろ利権が絡んだようです。

ちなみに西鉄大宰府線はもともとは零細会社が運営する馬車軌道だったのに、戦前のある時突然に標準軌に改軌され西鉄電車が走るようになりました。
この辺の歴史を探っても面白かったりします。

No title

こんばんは。お久しぶりです。

何気にグリーン車!
ちょっと羨ましいです。

Re: No title

いるむさん、お久しぶりです。

この前の福岡市への出張の時は普通車で行きました。シートピッチは十分あるのですが、やはり全然疲れ方が違いますね。普通車だと3時間くらいが限界で身の置き所が無い感じでモジモジしてしまいます。
個人的には時間に余裕があればフェリーで横になって移動する方が好きです。

米軍ハウス

はじめまして、私も先日西戸崎の米軍ハウス探訪に参りました、まだ少しですが痕跡があり嬉しかったです。
特に西戸崎近くの物件は綺麗で感動しました。

Re: 米軍ハウス

akira.uemuraさん、初めまして。

西戸崎駅付近にある米軍ハウスは写真はうまく撮れませんでしたが、実物はかなり綺麗に維持されていますね。
米軍ハウスは東京の福生市のものが有名で、実際賃貸物件も転居待ちがかなりあると聞いています。

西戸崎にある物件も好きな人がわざわざ移住したものがあるようで、福岡市中心部も意外に早く行けるし、磯臭くないし、穴場なのだろうと思います。
ブログを続ける励みになるのでまた良かったらコメントください。

No title

赤い車が止まってる家の奥の白い2階建ての家は私の祖母の家。
写真のピンクの家は一昨年に取り壊され700万で売り出され、マリンスポーツする為の別荘的な感じにすると言うことで買われました。
私の祖母の家も米軍ハウスですが、増築と補修で面影は少し残すばかりです。
母親が言うには、初めて父の家に遊びに行ったとき、外国人特有の体臭が残ってて臭かったと言ってました。

余談ですが、別アングルからの写真は私道からの撮影となってます。
全然問題ないですけど、他所の撮影の際はお気を付け下さい。

Re: No title

香椎さん、初めまして。

米軍ハウスは福生市のものが有名ですね。西戸崎はほとんど知られていないと思います。
ピンク色の家、壊されたんですね。結構気に入っていました。
私が気付かなかったハウスもまだまだあったとは修業が足りませんね。
アングルを変えて撮った写真、これは家のオーナーさんにこちら側から撮って良いですか?良いですよ。のやり取りがあって撮ったのですが、他人の土地だったとは考えもつかずでした。
一応大抵気を付けているはずなのですが・・精進します。

ちなみに芦屋や雑餉隈界隈にも米軍ハウスが残っているようなことを聞きましたが、さすがに未確認です。
プロフィール

U-BOAT

Author:U-BOAT
福岡県出身。縁あって静岡県浜松市に住み着いて10年になります。
いろいろなことに挑戦してみたいという気持ちは常にありますが、実力が伴っていません。
凝り性ではありますが、ネットの世界では私よりも知識の深い人はいくらでも居ます。
趣味も旅行を始め、多岐に渡ります。ジャンルにとらわれない少しばかり濃い目のブログを作っていきたいと思います。
ご指導、ご鞭撻よろしくお願いします。 2010年8月

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