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平成27年1月 阪九フェリーいずみ就航を祝う旅 Vol.2

この記事はこちらからの続きです。


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大三島ICからしまなみ海道を流出。

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島の道を走っているの写真です。
私のコンパクトデジカメで車内から写真を撮るときは、フロントガラスに水滴が付いているとどうしてもそちらに焦点があってしまいます。したがってピンぼけ写真の時は雨が降っているものと思ってください。

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やがて井口港までやって来ました。
ナビでは航路を示す線が引いてありますが、実際にはここにはフェリーは来ません。

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多分あれがフェリーターミナルだった建物なのね。
更に走っていくこと暫し・・・


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午前9時40分過ぎに盛港に到着しました。

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ところでナビはこんな具合。
盛港にはフェリーは来ないことになっていますw
製造元のソニーにクレームをつけようかなーと思いましたが、ソニーはナビ事業からは撤退したのよね。
多分こんなミスがあると言うことはあまりにマイナーすぎて間違いを指摘されることもなかったと言うことではないでしょうか??

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ところでターミナル内はこんな感じ。

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切符を買うときに時刻表を撮っていたら、窓口の年配の女性に「そこに印刷したものがありますよ、持って行ってください。」と言われましたw

写真では、ちょっと切れていますが、1時間おきに便があると思いきや、午前10時の便が出ると正午の便まで2時間が出来るのです。
最初はせっかく四国に上陸したのだから、今治のJAで買い物をしようと思っていましたが、ここがネックになって止めておきました。

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切符はこんな感じ。
なおウィークディと週末では料金が異なる模様。

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乗船レーンに並びましたが、私たちの前に来ていたのは1台のみ。

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やがてこの時間になると・・・

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船が遠くに見えてきました。

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それでは暫し入港を見学。

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かように手際よく着岸すると・・・

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意外に多くの一般徒歩客、乗用車が出てきました。

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それでは乗船しましょう。

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結局乗り込んだのはこの3台の乗用車と車同乗の旅客含めての6人のみ。

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車から降りているうちに船は出港してしまいました。

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何とも手際が良いw

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改めて船を見てみましたが・・・

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「井口」が白く塗りつぶされていました。井口港まで寄港していたのは何時ごろまでの話だったんでしょう。

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次来るのは何時になるのだかさっぱり見当もつかない大三島を見送りました。

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天気が良ければ綺麗だったろうなぁ。

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小さい船だけど一応見学しておこう。

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車両甲板にも非常に小さい旅客スペースがありましたが、2階部分はトイレ、自動販売機もありなかなか御立派な造り。

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桟敷席もありました。

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忠海までわずか20分余りの航海ですが、ちゃんと最前列に座って曇り空の瀬戸内の景色を楽しもう。

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・・・とか思っているうちに10分かそこらで大久島に近づいてきました。

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船首側(進行方向側)から着岸するのかな?と思ったのですが・・・

プーッ プッ!と汽笛を鳴らしたら・・

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着岸せずにそのまま離れていきました。
この島は基本的に車両の乗り入れはしていないようです。今回は一般徒歩客もいなかったからそのまま離れていった模様。

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島内には人に馴れた野兎が700羽ほど居て、国民休暇村の宿泊設備も整った大久島ですが・・・

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かつて陸軍の毒ガス製造工場があった島のようです。
古い鉄筋コンクリートの建物が見えると思いますが、これはその遺構です。

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大久島を離れるとほどなくして忠海の街並みが見えてきました。

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港内に入る前の東側の海岸にこんな穴が並んで見えましたが、何なんでしょうね?

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防波堤を過ぎても・・・

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この辺まで速度を緩めずにぐいぐいと進むのでちょっと焦りました。
あっという間に接岸。手際が良いですねw

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他2台の乗用車の中に乗っていた人は結局下りてきませんでした。

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忠海港に降りるとすぐ傍にJR忠海駅があります。ちょっとした連絡船がある駅の様相を呈していました。

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それでは次の目的地呉市のとある場所を設定して・・

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出発ww

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ゴゴゴゴゴゴ・・・・
西へ西へと進むのですが、このあたりは本当に平地が少なくて国道も鉄道路線も海岸線ギリギリを通っています。

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やがて竹原市に入りました。
そしたらあれが見えるはずだよね・・??
ちょっと気になるから見てみたいな。

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あ、あった。

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大崎島行きのフェリーターミナルだ。

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この敷地には国道中四フェリーのターミナルもありました。
今は建物も海の駅になっていました。

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国道中四フェリーはしまなみ海道が開通するまでは結構儲かっていたようですが、それが全通してからはごっそり利用客が減ってしまって廃止されました。
愛媛に居た頃は随分とお世話になったな。
栄枯盛衰を感じずにはいられない。

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栄枯盛衰、温故知新は今回の旅行のテーマでもあります。そんな不可解な前ふりをして置いて、やがて呉市内に入ってきました。


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コメント

非公開コメント

波と船型

比較的波が穏やかですと船型も合わせた形になって面白いものです。浅く開放的な設計。
風が強く潮の飛びそうなときは心配。一方暑い時などは涼しげですね。

No title

大久野島はスルーですかw
忠海は休みになると大久野島へゆく人々で結構賑わっていたと思います。
春休みなんかは積み残しも出るようです。

竹原から呉までの道から見える景色は綺麗ですね。
お天気が良ければほんとにいいのですが。

Re: 波と船型

サッピエロさん、こんにちは。

真夏の屋根のない車両甲板は灼熱地獄なのですよw
名瀬だかわかりませんが、数日前東南アジアにありそうな木造のしょぼい連絡船にベンツを載せて海に水没させられたイヤーな夢を見ました。
すごく眼醒めが悪かったです。

Re: No title

こうじさん、こんにちは。

大久島はいつか訪問してみたいです。
今回ここによると2泊で浜松に帰るのは不可能になってしまうのでww
竹原から呉への道すがらも綺麗でしたが、竹原市も風情がある街のようです。いつかちゃんと散策してみたいです。

その夢の意味は!

大丈夫だと思います。その夢は問題ないと考えられますね。

何故なら夢のストーリーは関係が無く、出てくる物、感覚、条件が意味を持って
現実社会においてU-BOATの為になるのですから。

心理学のさわりを学生の単位取得をした時に勉強しました。

先ず、海はグレートマザー(母なるエネルギー)の象徴です。
なお、海ですからポセイドンですね。

車は、現在の行動力、範囲、速さ等の象徴。

熱い日差しは将来に向けての展望が明るい事の象徴。

ただし、古い頼りない船は少し注意!船にのめりこむとあまりよく無いという意味
程度だと思います。ベンツで乗らずせいぜい会社の車やレンタカーもしくは別の
愛車で船の利用がよりお勧めですよ、という深い意味はないけれどそういった事
だと思います。

何かをされた、やられた、そういった行動をした、というのは大きな意味は無いと
思います。

ちなみに、夢の心理判断では、親をころしてしまった~ッ。というのは精神が独立して
親離れしている、する、した。証拠ですので、良かったですね。と言われるほどです。

大崎フェリー同盟

青春時代を共にした山陽商船がこんなところに・・・・

大崎上島の某校で寮生活していた時代がありまして、実家に帰るときは
この航路で竹原に出て、広島行きの高速バスに乗っていました。
とは言ってもこの船が着く垂水港は寮から遠かったので、たいていの場合は
白水港からの大崎汽船でしたが。

ナビの画面からすると、行先は旧グリーンピア安浦といったところでしょうか。
この後の展開も楽しみにしています。

Re: その夢の意味は!

サッピエロさん、こんにちは。

夢の内容・・・何故かベンツは沈まずに済んで、堤防の上に乗った状態を見ながら「いろいろ苦労が多いな。」とか思って、気落ちしながらも変に冷静だった夢でした。
この手の夢はあんまり見たくないです。

Re: 大崎フェリー同盟

いるむさん、こんにちは。

現在でも瀬戸内海には小さな船の航路が多いですね。大三島フェリーは今治から竹原よりも西方面に行くのには有用です。
以前愛媛に居た頃、広島の子供に会いに行くのに今治からのフェリー(今は存続していないと思う)、一部しまなみ海道利用、その後大三島フェリーで移動する人が居ました。
当時の値段だとすべてしまなみ海道を利用すると5000円、その移動方法だと4950円だったと言っていました。中四国フェリーはしまなみ海道よりも高かったです。

ところで、この後どこに行くのでしょうねwなかなか良い線をついていますよww

No title

こんばんは.

今治と三原をつなぐ国道フェリーなるものも過去にはありましたね...
2時間弱の船旅では,桟敷席でうたた寝したり,うどんを食べたり,マンガを読んだり,のんびりしたものでした.
その頃ケータイはまだ普及していませんでしたから.そんな過ごし方をしておりました.
今思うと贅沢な時間だったんだな,と...

No title

この手の前後の区別が付けづらい船に乗ってみたいのですが、湾内とかの静水面に限られますからね。速度が落ちないのは「クラッチ?」、不確かな記憶では瀬戸内海で岸壁に激突してますよね? 旅客だけの小さな船で着岸前で立っていたから怪我人が多かったとも。「クラッチ故障」の続報を聞いていた筈。
「灼熱地獄」で思い出しました。造船所の組み上がりかけの船内は夏だと50℃になるのだとか、スポットクーラーからの送風の簡易チューブが伸びまくってました。

>名瀬だかわかりませんが
コメントですから…。可能なら修正されたほうが(汗 私も時々変換上位にフェリー航路や関連の地名が…(笑)。

Re: No title

あきらさん、こんにちは。

私が愛媛に住んでいたころには国道フェリーは消滅していましたね。
その他の中小の中国・四国連絡航路も消滅していました。
月に1度、週末に瀬戸大橋を渡って岡山方面へ良く行っていました。
帰りに竹原から今治へフェリーで移動しましたが、私は乗るや否や桟敷席でごろ寝で着岸案内の放送で目を覚ましていたからあっという間と言う印象でした。
四国に居た頃、天候が悪くて瀬戸大橋やしまなみ海道が不通になった時は別に何の用事が無くても何となく不安を感じていました。
小さな島に住んでいる方々にとっては橋が架かっている方がやっぱり便利なのですよね。その辺の評価は難しいところだと思ってしまいます。

Re: No title

秋田利用さん、こんにちは。

小型フェリーの岸壁への衝突事故は何となく覚えがあります。確かにクラッチが切れなかったとかそういう機関故障が原因だったような・・・
船舶の甲板もつまるところ鉄板の上ですからね。去年新潟から北海道に行ったときは、新潟港停泊中のフェリーの甲板は灼熱でした。
秋田利用さんの指摘していただいた誤字は私も気付いたのですが、訂正すると時系列がずれてしまうのでそのままにしました。ご了承くださいw

訂正と新日本海

コメントをしたときに、U-BOAT改めU-BOATさんでした。さんを付けずに
呼び捨てて記入。失礼しました。

最近新日本海フェリーに元気がないように感じます。個人的に中々利用出来ませんが
頑張ってほしい所です。過去に応援していた企業が倒産してしまった時の雰囲気と同じ
物を感じるのです。

Re: 訂正と新日本海

サッピエロさん、こんにちは。

多少の誤字、脱字は気にしませんよ。お互い様です。
新日本海フェリー・・・この時期は一般旅客も非常に少ないし、ドック期間中だからホームページの更新もそれなりですね。4月、5月以降賑やかになるのではないでしょうか?
プロフィール

U-BOAT

Author:U-BOAT
福岡県出身。縁あって静岡県浜松市に住み着いて10年になります。
いろいろなことに挑戦してみたいという気持ちは常にありますが、実力が伴っていません。
凝り性ではありますが、ネットの世界では私よりも知識の深い人はいくらでも居ます。
趣味も旅行を始め、多岐に渡ります。ジャンルにとらわれない少しばかり濃い目のブログを作っていきたいと思います。
ご指導、ご鞭撻よろしくお願いします。 2010年8月

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