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平成26年6月 博多のちょっとした歴史を巡る旅 前編

今回の旅行、厳密には出張ですが、船は利用していません。
予めご了承ください。

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時刻はこのくらい。

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浜松駅に到着。今回は純粋に?出張で福岡へ出発です。

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福岡市と博多のあれこれの中でいつかブログに出したいと思うネタがあったので、今回の出張を良い機会に旅行記を作ってみました。
・・・と言うことで、突然博多弁に切り替えます。写真は浜名湖たい。

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名古屋で乗り換えたい。
なんね、そんなに違和感無かろうもん?

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こげな時間には…

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あっという間に博多駅に到着たい。
九州新幹線も開通して駅舎も4代目に建て替わっとろうが?、土地勘も失(うしの)うたとよ。

博多弁はこんな感じだったかな?
でも、私の実家は北九州市寄りの筑豊地区だったから、またちょっとしゃべり方が違うのです。
・・・と言うことで、筑豊弁(北九弁?)に切り替えます。

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夕食だけは外したらいかんち思おとったき、事前に調べとったんやきね。

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駅中の割と評判の良い回転寿司屋に着いたっちゃ。

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せっかくやから、ビールも飲みたかろうもんw
食べたのは以下に示すこげなもんたい。

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バッテラに・・・

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アジ。

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サーモンとエンガワ?

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赤貝。

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イカ。でたん美味いき!(博多弁だと「バリウマッ!」)やっぱり育ちが北九州やき、北九州の魚が一番美味しく感じるっちゃ。

・・・疲れた、元に戻そう。


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中洲方面まで歩こう。
福岡県は大雑把に豊前、筑前、筑後の三つの地域に分かれるから、それぞれにしゃべり方が違います。
北九州にも福岡にもいた時期があるから、どこの方言も聞き分けることが出来ます。

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中洲まで歩くの図。

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キャナルシティ博多が見えてきました。
ここは昔でいう住吉という所。赤線地帯でした。
ダイエーグループが元気が良かったころ、このエリアにこの巨大なショッピングセンターを作る計画を立ち上げたときは、旧赤線地帯のイメージを払しょくできると歓迎されたような記憶があります。

しかし、そのキャナルシティ、商業的にはあまり成功しませんでした。
基本的に若い人をターゲットにしていましたが、若い人が買うには少々お高すぎのだったようです。お金を持っている年配の人が買い物に来ても、欲しいものが無いという微妙な品ぞろえだったと思います。

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そのまま川端商店街へ。
キャナルシティ博多への公共の交通機関もバスかちょっと離れたところの地下鉄しかありませんでした。
地下鉄中洲川端駅が一応最寄りの駅ではありましたが、キャナルシティ博多に行くなら駅を降りて川端商店街の端から端まで歩いて行くという感じでした。
この川端商店街、西鉄福岡駅のある天神エリアにお客さんをとられて寂れがちだったのでした。しかしキャナルシティ博多では買うものが無かったご年配の人にはちょうど良い品揃えの店が多く、期せずしてV字回復した商店街です。
キャナルシティは商業的には躓き気味のスタートでしたが、思わぬ波及効果を現したのです。
そんな商店街に来たのは約10年ぶり。10年も経つとやはり商店が入れ替わっているねぇ。人に物を売る仕事はむつかしいと思います。

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中洲川端ぜんざいの店舗です。
川端商店街に古くからあった店です。実は元祖は消滅しています。もともと3人兄弟で運営していましたが、だれも結婚せず、一人減り二人減り、最後は営業日の朝になっても開店しないから商店街のみんなが心配になって店の中に入ってみたらやっぱり!と言う状態だったそうです。
今はある大手の和菓子屋さんが「川端ぜんざい」の名前を継承して営業しています。

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この2軒の帽子屋さんも健在だな。
縁もゆかりもないお互いに話し合った訳でもないのになぜか同じような規模の帽子屋さんが隣り合わせで営業しています。お互いの商品を間違ってレジに持って行っても、値札を見なくても「あっちのレジだよ。」と教えてくれるのも職人気質だと感じたものです。

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この店は江戸時代から続く老舗中の老舗です。

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と言うことで商店街の北側に出てきました。
目の前にはリバレイン博多があります。
ここにはもともと下川端商店街がありました。殆ど営業している店が無い程に寂れきっていましたが、ここも大規模再開発を受けてリバレイン博多として生まれ変わりました。

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あちらに見えるのが博多座。
多分ネットに出ることはないと思うのですが、そこは旧十五銀行跡地です。。
第2次大戦中十五銀行の地下は避難所として使われていましたが、福岡大空襲の時に建物に焼夷弾が直撃。
60人以上が熱死した少し曰くのあるところです。
博多座建築計画が立ち上がった時、年配の方々が「そういう曰くのある土地に人が集まる施設を作るべきではない」と意見したのですが、バブル経済崩壊後もしばらく景気が良かった福岡経済界のお力添えもあって立ち上がりました。

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天神方面へ歩きます。写真は那珂川の支流。那珂川と間違って写真を撮ってしまいました。

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その後タクシーに乗って先ほどの川が支流だったと気づいて慌てて撮った那珂川の写真です。
ネオンの明かりが流れまくっていますが、いかにも繁華街と言った風情。
福岡市には福岡城というかなり大規模な城郭がありますが、ここ那珂川が福岡城の外堀になっていました。

何が言いたいかと言うと、ここ那珂川を隔てて東側が博多商人の町「博多」、西側が黒田藩の政治の中心地「福岡」でした。
江戸時代はこの那珂川を隔てた東西を自由に行き来することが出来なかったため、東側では博多商人の博多弁言葉、西側では福岡藩士を中心とする福岡弁言葉が使われていたそうです。
明治維新以降も福岡地区に住む人たちは武家言葉である福岡弁に誇りを感じて使い続けたのですが、太平洋戦争後は封建的に感じられるものが避けられるようになったのか、福岡弁は廃れていったと聞いています。
物心つく年齢の時に福岡弁を使っていた世代も今は80歳くらいになるのだから、忘れ去られないうちに記録できないものでしょうかねぇ。

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タクシーに乗って向かった先は、シーホークリゾート「ヒルトン福岡」。自分のお金で宿泊するのではないからこんなところに泊まれますが、ホテルの施設以外の食事処が少ないところでもあります。

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はぁー、立派だなぁ。
スーパーダイエーグループが勢いがあったころにこの建物が作られました。当時は観光名所にもなりましたが、中でアイスクリームを頼むとダイエーセィビング(ダイエーのPB商品)が出てきてがっかりすると当時の職場の女性が言っていました。
ダイエーが傾いて行った晩年の頃、スーパーダイエーは何でもそろうけど、どれも欲しくないという印象を持たれていました。物を売る商売と言うのはむつかしいなぁ。

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宿泊する部屋はこんな感じ。

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宿泊するホテルの備品です。

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約4時間半の新幹線の移動はつかれた。さっさと寝ることにしましょう。




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翌朝です。
言い忘れましたが、ここはダイエーグループがドーム球場を作る前は海でした。

私が子供の頃と比較してかなり北側まで埋め立てをしまして、新たな住宅地、商業地が生まれました。
福岡西部沖地震の時は液状化現象が起きて大変だったのではないかと心配しましたが、基礎をしっかり作ったのだか、大した被害はなかったのだそう。
逆に少し古い時期に埋め立てた博多湾香椎方面のエリアは液状化の被害が大きかったのだそう。

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それではこの時間になったから・・・

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朝食を摂りに行こうw

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自分のお金では絶対に食べに来ないようなところだけど、実はこの日はやたらと中国から来た観光客の方が多くて少々(どころでもないのですが)うるさかったです。

と言うことで、私の朝食プレートは以下の通り。

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本日のスープ。トマトスープだったかな?

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パン類。

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リンゴジュースと牛乳。

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フルーツの上にヨーグルトをかけたもの。

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最後にコーヒー。美味しゅうございました。

そして午前中はちょっとした仕事に出て(苦痛だったし、当然写真無し)、あれやこれやをやったらあっという間に昼間。
意見交換会と言う名前のビュッフェ形式の昼食となりましたw

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ローストビーフと海鮮サラダ。
写真なんか撮っていると、何をしているんだろう?と言う目で見られるけど、「どれだけ食べたかチェックしているのです。」と当らずも遠からず的な事を言っておくとあんまり不審がられません。

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お寿司。

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中華料理いろいろ。

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刺身類。親指の先にあるのはサワラ。漢字で「鰆」、春が旬の魚です。
刺身として出せるのはそれだけ新鮮で良い品でなければ無理なのです。

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とんこつラーメン。

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果物。
大変美味しゅうございました。御馳走様でした。

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あぁ、少し酔ったぞ。すごく良い気分だ・・・を通り越して、動悸がする。疲れていたんだろうなぁ。
それでは帰ろう。

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先ほども書いたけれども、ここはかつて海でした。地行浜海岸と言っていました。
更にイヤーな事を書くけど、地行浜海岸は福岡城から見て鬼門の方向になるためかわかりませんが、江戸時代は処刑場がありました。地行の旧市街地にやたらとお寺などがあるのはそのためだと聞いたことがあります。

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福岡都市高速で博多駅へ向かいます。
写真に見える緑の多いところは西公園。小高い山になっていますが、写真に見える北側の斜面が比較的最近のある日突然崩落しました。
原因はかつてここを無許可で石炭を掘っている業者が居たため、掘りっぱなしにしていた坑道が崩れたからではないかと言われました。

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国際航路のフェリーは乗ったことが無いなぁ。

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やがて博多駅に着きました。
自分だけ美味しいものを頂いたので、家族へのお土産は買っておこうと思います。

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「博多通りもん」です。職場にも持って行きましたよ。
左に見えるビニールの簡易包装のものの方が箱代がかからず多少お安く買えます。
「そげなせこい事せんでもよかろうもん」みたいな感じです。

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鶴の子饅頭。マシュマロの中に固めの白餡が入っています。私は大好きです。

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それから明太子。嫁さん指名の会社のものが見つかりました。明太子もやたらと辛いだけのもの、やさしい味付けのもの、メーカーによっていろいろです。

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新幹線に乗り込み…

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4時間半後には浜松へ到着しました。



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コメント

非公開コメント

おはようございます。仕事にとはいえ出張先でおいしいものが頂けるのは役得ですね。こういうときに私は意見交換せずひたすらおいしいものを探してしまいがちです…。

No title

袋入りの博多通りもんは500円でしたっけ?
僕も古賀のサービスエリアでたまに買います。

明太子はやまやがこのみです。
博多や天神、小倉魚町に行くと活気があるなぁと思っています

郷に入っては・・・

中○の観光客は、何処でもうるさいようですね。困りものです。

本流で無い事を悟るとは・・・しっかり見てますね~。見過ごす
のが殆どと思いますが。

個人的に博多めんたい工房という老舗で添加物フリーの本物
を一年になんども取り寄せて食べていましたが、つぶれてしまい
大変がっかりした記憶が蘇りました。 本物、良い物をみとめ多少
高くても支えなければ日本が無くなる。 そんな焦りを感じます。

集団の群集心理がもはやずれてきています。生活に支障があるの
はこまるけど・・・。

Re: タイトルなし

あきらさん、こんにちは。

会場が大きいときは知り合いがいなさそうなエリアにいることが大事ですね。
いい年の大人が寿司に行列しているのも、私だけではないんだなと安心してしまいます。

Re: No title

こうじさん、こんにちは。

博多通りもんはお土産に持っていくと喜ばれますね。
箱代は50円くらいでしょうか?箱代をとるということは暴利をむさぼっているわけでもないんだなと思います。

九州各都市から博多までのアクセスが良くなったため、天神は非常ににぎわっています。小倉魚町は大分からJRで買い物に来る人が小倉で降りれば天神で買い物をするより1時間以上買い物をする時間が出来るという方が多いようです。
そう考えると地方都市は大変だなと思ってしまいます。

Re: 郷に入っては・・・

サッピエロさん、こんにちは。

中国では食べ散らかすと「供された食事が美味しかった証拠」となって喜ばれると聞いたことがあります。
しかし国外に出たら国外のマナーに従ってほしいですね。
食べ物屋さん、真面目に作っていても商売が回らないときがありますよね。体力勝負だし。
サッピエロさんも体を壊さないようにしてください。

No title

ちょいとした事でOSをクリーンインストールしました。すると、ブラウザーが……。匙を投げ出したい位に困り果ててます。
えっ、何でと思うでしょうね。いつの頃からか知りませんが、ブラウザーの別物を同一ドライブ(システムも?)に置いても支障が無いようなのです。ただーし(笑)、人の方が…。ブックマーク構成が違うのと整理が…なので何時ものページを回る手順が狂いがちです。

アノ国では自己主張しないと何もしてくれないらしく、子供の頃から大声になる下地があるらしいです。でも、最大民族とその下くらいでしょうか。少数民族は違ったように思います。ただ、数が多いので不明点だらけですが。
さて、「博多通りもん」の箱入り・箱無しは面白いですね。普通だと製造元直近の売店等でしか買えないか。営業方針によっては一本きりなんてのが普通ですから。当地ですと、好き嫌いの有りそうな「わかさいも」が他と少し違う売り方をしてます。観光地だと違うのですが、高速道だと少量・真ん中・大の箱入りと、箱無しの更に少量と四種類を売ってます。そして工場近くの直営売店と札幌駅隣接の売店ではバラ売りもしてます。

Re: No title

秋田利用さん、こんにちは。

旅行会社でも、公共の交通機関でも、仮に相手のマナーがよろしくないとかいうのが分かっていても、つまるところ大事な利用客になるのだから止むを得ない所もあると思いますが、例えば利用前に相手国のパンフレットを渡して利用マナーの徹底を促すことをしてくれたら助かります。
以前嫁さんがニューながとかニューあかしの大浴場を利用した時、あちらの国の方が下着姿のまま脱衣カゴを持って浴室に入ってきてびっくりしたと言っていました。

「博多通りもん」はお土産として持って行くと結構喜ばれます。
箱無し「博多通りもん」もひょっとしたら自宅消費用として地道に売り上げアップに貢献しているから一緒に置いているのかもしれませんよ。わずか50円程度の差でも自宅用のお土産の最有力候補に挙がりがちです。

福岡出張、お疲れさまでした

出張、お疲れさまです。普通の出張では、フェリーは。なかなか使えないですよね。

U-BOATさんのブログのお蔭で、北九州弁を久々に聞きました。ブログで例に挙げていただいた"ちゃ"、"でたん"の他、
①はわく→掃く
②知っとーと→知っている?
③こらす→懲らしめる
④せからし→煩い、しつこい
⑤こまめる→細かくする、転じて、両替する
等が思い出します。③④は「なしてぇ?」と併用すれば、浪速のヤーさんでもびびりそうな感じです。
北九州は合併市であり、実際は東部の小倉と、筑豊が近い八幡では微妙に言葉遣いが違うような気がします。私も北九州市内を転居、八幡西区の転校先で「でたん」という言葉が理解できませんでした。
尤も、"ちゃ"は北九州市内でまんべんなく通用しており、これが一番、北九州らしいと私は思っています。
〇十年前、大学で方言の話になり、皆、お国言葉を披露していたところ、"ちゃ"は馬鹿受けしたのを思い出しました。女の子達は皆、小倉駅で降りたら、お姉さんもおじさんも、若いあんちゃんも、みんな"~ちゃ!"、"~ちゃ!"と言っている光景を想像したようで、「北九州って、可愛い街なんだねぇー」と言われました。実際は、〇藤会の本店がある怖~いところなんですが‥。

しかし、北九州市を郷里とする者にとり、福岡市とは随分と差がついたなぁと感じます。北九州は小学校の校歌でも「7色の煙の街」と歌った工業、石炭の積み出しの実業都市であったのに対し、福岡は、県庁と大手企業の支店がある政治商業の都市でした。人が集まる処、商売ありで、昔は北九州にはデパートは今もある井筒屋とは別に玉屋もあり、電車通りは一方通行にしなくてはならないほど、日曜日の小倉、特に魚町の辺りは大賑わいでした。正直、福岡なにするものぞ、という感じでしたし、製造と政治商業で力的にもバランスが取れているという感じでした。
その後の鉄冷え、北九州の後背地の田川等の衰退の一方、高速道路とこれを生かした福岡天神を発着する高速バス網が両都市の差を大きく広げました。
今は、ちょっとた気合いを入れる買い物、特にファッション関係は、北九州の人も高速バスで博多へ行きます。特に、高速バスのアクセスが良い八幡区の人は、博多を選ぶ傾向が強いかと‥、結果、デパートも井筒屋のみになってしまいました。

お土産は、博多通りもんは皆さんのご推薦通りですが、私は北九州が田舎なので、湖月堂の栗饅頭が定番です。あと、とっとーと、というお菓子も小倉・井筒屋では売れているようでした。
博多駅もそうですが、福岡空港もお土産さん売り場は大賑わいで凄いですよね。目移りしてしまいます。

当方は10年超の愛車の車検が終わり、金欠気味ですが、連休明け、草津温泉へ家族で出掛ける予定です。旅館代も激安になりますし‥。

これからも、U-BOATさんのプログを愉しみにしています。

Re: 福岡出張、お疲れさまでした

シベリア特急さん、こんにちは。

方言の件ですが、確かにご指摘の通り北九州地方でも東と西では少し違っていましたね。
豊前地方と筑前地方で別れていたからでしょうか?

http://meduboat.blog102.fc2.com/blog-entry-794.html
こちらの旅行で飯塚のもっと内陸側、旧山田市あたりまで行ってもまた喋り口調が異なるのを感じました。
お菓子・・これも筑豊地方は景気が良い時代があっただけにやたらとお菓子屋さんが多かった覚えがあります。
そういうものも今後少しずつ、ネタ切れしないように出していきたいち、思っちょーとよ。(笑って読み飛ばしてください。)
プロフィール

U-BOAT

Author:U-BOAT
福岡県出身。縁あって静岡県浜松市に住み着いて10年になります。
いろいろなことに挑戦してみたいという気持ちは常にありますが、実力が伴っていません。
凝り性ではありますが、ネットの世界では私よりも知識の深い人はいくらでも居ます。
趣味も旅行を始め、多岐に渡ります。ジャンルにとらわれない少しばかり濃い目のブログを作っていきたいと思います。
ご指導、ご鞭撻よろしくお願いします。 2010年8月

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