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平成28年1月 総員起こしを訪ねる旅 エピローグ

この記事はこちらからの続きです。




1982年の西ドイツ映画「Uボート」の冒頭には
「第2次世界大戦中U-BOAT乗組員は4万人が出撃し、3万人が帰還しなかった。」というテロップが出てきます。
いくら潜水艦好きとは言え、これを見ただけでも乗組員たちはいったいどのような最期を迎えたのだろうかとハラハラします。

伊33潜水艦の最期はどんな様子だったんだろう・・・
艦長はどうしたんだろう・・・

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伊33潜水艦の沈没事故とその後の引き上げの詳細は、吉村昭の「総員起シ」に詳しく書いてあります。


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昭和19年6月13日午前7時45分の潜航訓練時に事故が起こります。

その時の様子を小説より原文のまま書き出してみました。

「両舷停止、潜航急げ」
と同時に、総員配置に付けのベルが艦内に鳴り響いた。

見張り員たちは、ラッタルを伝って滑り落ちてゆく。

「ハッチよろし」
海面下18メートルの海中に潜航するまで45秒しかない。

「ベント弁開け」
メインタンク弁が開いたらしく、空気が排出される音が起こった。
艦は、艦首をやや下げて潜航してゆく。
針がゆっくりと右回りに動き10メートルに達した。

その時、不意に艦の傾斜に異常が発生した。
針が20メートルを注した時、司令塔内から伝声管から、
「浸水、機械室浸水」という絶叫に似た声がふき出た。

「吸気塔より浸水」「浸水、浸水」
と、狼狽した声が流れ出てくる。

「ベント弁閉め」
「ネガティブ、ブロー」
「メインタンク、ブロー」
艦長は、艦を浮上させるため、機敏に命令を発している。かれは出来得るかぎりの処置をとっているのだ。
しかし、艦の沈降はやまない。

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司令塔の下には発令所があり、横に機械室がある。その機械室から発令所に海水が流れ込むのがみえ、その中から乗組員の叫び声がきこえていた。
不意に、艦内の電灯が消えた。浸水によって電気がショートしたらしく、それによって排水ポンプの作動は停止した。艦は、最悪の事態におちこんだのだ。



艦長は、伝声管のコックと、下部の発令所との間にひらいたハッチの閉鎖を命じた。
すでに発令所には、海水が流れ込んでいる。
その中で、舵手は水の中に半身をつけながら舵輪を握り、士官も兵も持ち場をはなれない。
やがてかれらの体は、浸水してくる海水に没するだろう。
ハッチを閉鎖しなければ、司令塔にも海水が奔流のように流れ込んでくることはあきらかだった。

艦長が、小さい椅子に崩れるように座った。
浸水がつづいているのか、下方で水の音がかすかに聞こえてくるだけで、なにも物音はしない。
小西少尉は、鼓膜の痛みに顔をしかめながら司令塔内に視線を走らせた。
自分を含めて十六人が、口をとざし身じろぎもしない。

下方の艦内では、浸水した海水ですでに溺死している者がいるのかも知れない、と思った。


かれは、潜望鏡の筒から海水がにじみ出ているのに気づいた。
それは次第に激しさを増し、床にもたまりだして足先から水の冷たさが徐々に這い上がってきた。
艦長が、顔をあげ、
「ハッチをあけるか」
と、航海長に言った。

航海長幸前大尉は、無言のまま頭を横にふった。
「開けぬのか」
艦長がただすと、航海長はうなずいた。

艦長が、再び口をひらいた。それは、強い命令口調だった。
「ハッチを開ける。艦外へ脱出できれば、一人か二人は助かるかもしれぬ。死ぬつもりで出ろ。もしも助かったら戦隊司令部に事故の報告をするように…」
艦長の断定的な言葉に、航海長は反対しなかった。「事故を報告せよ」ということは、艦長が艦内にとどまる意思があることを意味している。


司令塔内の気圧は異常な高さにまで達している。それは、ハッチをあけても艦外の海水の流入を押しとどめる力を秘めているはずであった。

「一、二、三」という掛け声とともにハッチがひらいた。
小西は、ハッチの口を見つめた。司令塔内の気圧が高いため、水は流れ込んでこない。
巨大なレンズのように青黒い海水が停止していて、そこから海水が降り落ちていた。
ハッチをあけた横井一曹の体が、水のレンズの中に吸われていった。続いて、一人、二人とハッチの口から消えてゆく。
(以上、引用終)




こうやって、伊33潜水艦の司令塔内にいた艦長以外15人が船外に脱出し、8人が海上まで到達、5人と3人に分かれ、由利島方面へ泳ぎ出した3人が通りがかった漁船によって発見。救助された3人のうち2人が生還しました。(1人は漁船にたどり着く直前に死亡)この2人が司令部へ事故報告を行いました。事故発生後約24時間後に潜水夫が潜り、ハンマーで船体を叩いても中からの反応なしと言うことで生存は絶望的、また折からの戦局の悪化から船体の引き上げも見送られたようです。

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時は流れて昭和28年。
戦後徐々に日本経済も立ち直り、折からのくず鉄価格の上昇などから伊33潜水艦の引き上げ計画が持ち上がります。
潮流のある海域で、なおかつ水面下60メートルの船体引き上げなど、難作業が予測されましたが、この仕事を請け負ったサルベージ会社は無事伊33を引き上げることに成功しました。

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この引き上げ作業中にどうやら船体前方(魚雷発射官室、前部兵員室)は浸水を免れていると分かりました。
引き上げ後、無事興居島御手洗海岸沖まで曳航して、前部兵員室より13人の遺体を収容したわけです。


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(写真は伊33の前部兵員室)
その前部兵員室、遺骨が散乱していると予測されていたのですが、なんと12人のベッドに横たわったままの男性の遺体と、立ったまま絶命している1人の男性の遺体がありました。
立ったまま絶命している遺体は、おそらく最後の一人が絶望して首を吊ったものだろうと書かれていました。

海面下60メートルでは恒常的に水温4℃と低温状態、また兵士がほぼすべての酸素を消費してしまったためバクテリアも活動できず、絶命しても遺体が腐敗しなかったのだろうと考えられたそうです。
しかし、小説の中にかなりインパクトのある記述がありました。
以下、原文のまま


男の顔には、激しい苦悶の形相があらわれていた。掌はかたくにぎりしめられ、眼は吊り上がっている。白石(編集者注;中を撮影したカメラマン)は、その男の頭髪に不信感をいだいた。旧海軍の水兵はイガクリ頭であるはずなのに、髪が五センチほどの長さに伸びている。顎にも鼻下にも不精髭が散っている。
かれは、男の指をみた。恐怖が体の中をさし貫いた。爪も一センチ近くの長さで突き出ている。男の体に死が訪れても、毛と爪は単独に生きてでもいるようにも伸びるをやめなかったのか。
(以上引用終)

そんなことがあるのかと驚きましたが、これについてちょっと調べているうちに私以外にも興味を持った人が居たらしく、その解説を見ることが出来ました。(詳細はこちらをクリック

執筆したのは病理学専門のお医者さんのようです。
病理学とは病気になった臓器の組織を顕微鏡などで調べる学問(で良いのかな?)。

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(写真は皮膚構造の模式図。いわゆる毛細血管は真皮層までで表皮には存在しない)
曰く、皮膚細胞は酸素を必要としない解糖系で活動エネルギーを獲得している。
よって、生体が絶命、血流が停止しても、皮膚細胞は生き続けることが出来た。ほぼ無酸素状態でバクテリアの活動が抑えられていたから、皮膚細胞は2カ月間生き延び、髪の毛や爪が伸びたのだと言う仮説を唱えられておりました。

はたして、その仮説が有力か???

私自身はちっとも偉くないのですが、職場の同僚をはじめとする人脈には恵まれています。
後輩に福岡県警に非常に頼りにされている監察医がおります。(以下A君)








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泣く子も黙る福岡県警。なかなか口を割らない容疑者に「福岡県警にガラを預けるぞ!」と怒鳴るとあっさり容疑者が口を割るとも評される福岡県警。(上の写真は嘘です)

無題
(写真は福岡県警の自主製作ドラマの1コマ。出演者は全員福岡県警職員)

福岡県警の刑事さんが「先生!お願いです!! 死因と死亡時刻を調べてください。このままでは仏さんが浮かばれんとです。」と全幅の信頼を寄せて相談する彼なら何かしらの見解を述べてくれるのではないか・・・

・・・と言うわけで、ある日彼の研究室に突然!電話をして伊33のこの事を相談してみました。(何とも迷惑な先輩ですね。)

リンリンw

受付の女の子「はい、○○研究室です。」

私「こんにちは、私はA君の先輩のものです。A君はいますか?」

しばらくお待ちください。と怪訝そうな返事の後、バタバタと慌てた様子でA君が出てきました。

A君「先輩お久しぶりです! 何か御用でしょうか!!」

私「うむ、実はちょっと教えてほしいことがある。カクガクシカジカ・・・(伊33潜水艦の事故の事。9年後の引き上げで水没しなかった部屋から遺体が回収されたこと。その遺体は髪の毛が約5センチ、爪が1センチ伸びていたこと。病理学のお医者さんが皮膚細胞が嫌気性代謝(解糖系)をメインとする酸素を必要としない代謝で活動するから、死後酸素がほとんどない状態でも活動していたのではないかという仮説を立てたこと・・・などなど。」

ふむふむ・・と門外漢の私の説明を一通り聞いて、「法医学者の意見としていかがか?」と問うてみました。

するとA君は一刀両断、「それは病理の先生の仮説は違うと思います。」と即答しました。

A君の根拠は以下の通り。

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毛髪を作る毛根部は表皮では無く、血流豊富な真皮にある。
爪も同様である。
したがって、心臓が停止した状態では血液による酸素の供給が停止して、これら細胞は速やかに死に至るはず。爪や髪の毛が伸び続けるはずはない・・

・・・だそうです。



では、髪の毛や爪が伸びていた理由は?とのA君なりの仮説も唱えてくれました。

水深60メートルの海中だと水温は約4℃。多分兵士たちは酸素消費量を最小限にすべくベッドに横になっていたが、電源を消失した船内でやがて低体温症になり、仮死状態となった。仮死状態で約2か月生存したのではないかとのこと・・・



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冬山で遭難した人が救出されるときに「心肺停止状態で発見。その後搬送された病院で死亡確認。」と言う表現が使われるのは、死亡確認はお医者さんがするものだからという事もあるのですが、まれながら低体温症による仮死状態になっているだけで、温めただけで息を吹き返す人が居るかららしいのです。

ただし、A君は「私が直接ご遺体(ごいたいと表現されました)を検案した訳ではないから確定ではありませんが」と付け加えました。さすが科学者らしい発言だなぁ。

「はぁー、なるほどねぇ。勉強になったよ、A君。ところで監察医の仕事は忙しいのかい?」

「いやー、最近来ますねぇ!」

私が仕事の依頼がたくさん来るのかと思っていたら、「臭いが!!」だそうで

「この時期には腐敗臭がすごいんですよ!匂いを付けて家に帰ったら家族が嫌がるんです!!」
私がこんな質問をしたのは6月初旬の事でした。




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(写真は法医学教室の事件ファイルより )
素人はこんなシーンを連想していたのですが、実際は違うようですね。
例えば玄界灘に面する海岸に打ちあがった死体が水死体なのか、それとも別の何らかの原因で死亡したものが流れ着いたのか?
水死であっても、その他の原因で死んだとしても、それは自然死なのか自殺なのか他殺なのか?
その他の原因の死亡ならそれは何なのか?川に落ちて(落とされて)海まで流されてきたのか、海に直接落ちたのか?
殺されて捨てられたものなのか?正しい死亡時刻は何時なのか?
半分溶けかかったような遺体を解剖して調べることもあるそうです・・・

「鑑定を誤ると無実の人に嫌疑がかかるし、犯罪者を捕り逃す原因になるからプレッシャーが半端ないんです。」などなど、普段生きている人とはめったにかかわらない彼は久しぶりに雄弁に語ってくれました。
「・・・(何でこの手の人たちはそういうグロイ話を嬉しそうに話すんだろう?)」と、思いつつお互いの健康を確かめて電話を切りました。


・・・伊33潜水艦から運び出された13人の兵士の遺体はその後どうなったかと言うと、彼らは新鮮な空気に触れただけで見る見るうちに腐敗しだしたため、大急ぎで荼毘に付されたようです。遺体の検案どころでは無かったのでしょうね。

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船体を解体するにあたり、船内からは多数の遺骨、遺品などが見つかりました。

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ゴム製の氷嚢の中に入れられた遺書なども発見されました。

その数々の遺書の中の一つを紹介します。

「午前三時過ぎ記す。死に直面して何と落ち着いたものだ。冗談も飛ぶ、
もう総員起こしは永久になくなつたね」

だんだん息苦しくなる中で、皆さんどんな気持ちだったんでしょうね。
新鮮な空気が吸えるだけでも、これほど幸せな事は無いと感じさせられます。

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最後に興居島泊港の案内板の写真をもう一度見せます。

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渡船発着所でもらったチラシにも書かれていませんでしたが、泊港の発着所の島内案内板にはしっかりと慰霊碑場所が記されていました。
高浜港を管理されている職員さんも、「伊号潜水艦の慰霊碑を見に来た。」と伝えると、熱心に場所について教えてくれました。
日々無事平穏に暮らす有難さを感じさせられずにはいられません。

この記事を読んでいただいた船ヲタさんで、もし興居島に訪れる機会のある方はちょっと足を延ばして、御手洗浜海岸で手を合わせていただけると嬉しく思います。

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コメント

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お久しぶりです。

お久しぶりです。いつも楽しく訪問させて頂いています。
Uボートの映画何回も見ました。潜水艦が出てくる映画では一番好きな映画です。
昔、サンフランシスコのフィッシャーマンズワーフにある潜水艦パンパニートの船内を見学(入場料が結構高かったような)したとき船内の余りの狭さと、当時の日本艦には装備されていたのか知りませんがシャワーがあるのに驚いたような記憶が蘇りました。大変興味深いお話有り難うございました。
このHPを見ているからでしょうか?最近2シーターが良いなと思う様になりコペンとS660、ロードスターを見てきました。

Re: お久しぶりです。

金太郎さん、お久しぶりです。

確か現在の海上自衛隊の潜水艦ではシャワーはありますが、清潔な艦長だと1週間に1度のシャワー浴があるらしいですね。
Uボートでは塩水でも泡立つ石鹸が配給されていたらしいから、まだ戦局が有利な大戦初期は浮上して海で体を洗っていたのではないでしょうか?
伊号潜水艦はどうでしょうね。伊33から見つかった乗組員の残した遺書の中でも艤装の甘さを非難する文章もあったくらいですから、シャワーなんてオシャレなものは無かったのかもしれませんね。

オープン2シーターは楽しいですよ。私は発売されて20年くらい様子を見て大古車を買いましたが、買ってよかったと思います。
プロフィール

U-BOAT

Author:U-BOAT
福岡県出身。縁あって静岡県浜松市に住み着いて10年になります。
いろいろなことに挑戦してみたいという気持ちは常にありますが、実力が伴っていません。
凝り性ではありますが、ネットの世界では私よりも知識の深い人はいくらでも居ます。
趣味も旅行を始め、多岐に渡ります。ジャンルにとらわれない少しばかり濃い目のブログを作っていきたいと思います。
ご指導、ご鞭撻よろしくお願いします。 2010年8月

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