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仁?を探す旅 プロローグ 前編

こちらの旅行の時の事です。(詳細はこちらをクリック

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写真の左側に後頭部が写っているのは中学校時代私と仲良くしてくれた友人K君です。

K君は中学校時代から非常に優秀で、福岡県で一番優秀な高校に進学、今は北九州市内の基幹病院の救急部で仕事をしている優秀なお医者さんになりました。

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私はK君と違って、突っ込みどころ満載の劣等生で、公立高校の受験に失敗し、ビーバップハイスクールに進学しました。
(私の高校はこの漫画の作者の出身校です)




そんな私とK君ですが、今でもK君は私と親しくしてくれます。人づてに聞いた話ですが、K君は私のいないところでは私の事を認めてくれるような事を言ったりしているようです。

同窓会の時、そこにいる同級生たちと中学生の頃の思い出話をあれやこれやしていると、K君が急に私に「おいU-BOAT、Aはどうしているか知っているか?」と尋ねてきました。

A君か・・・K君が急にA君のことを言い出した時、私は非常に困惑しました。
実は私は大学に上がった後もA君とは親交がありました。A君がその後どうなっていったのか、知っていたのです。

私は言葉を選びながら「詳しい話は出来ないけど、A君は多分こういう会には出ることはないんじゃないかなぁ。」と答えたところ、K君は意外そうな顔をして「どうして知っているんだ?」と聞いてきました。

実は私がA君とは中学卒業後も付き合いがあった、だからその後のA君の人生はあまり良いものではなかったことは知っていたのだとかいつまんで伝えたところ、
K君も「実は病院の救急部で仕事をしている最中に、救急搬送された年配の女性が偶然にもA君のお母さんだったので驚いたことがある。お母さんは随分貧しそうな生活をしているようだった。」と話してきました。
A君のお母さんは救急部に居たお医者さんが自分の息子の中学校の同級生であったK君であることに気付き、「うちは悪い人に騙されて何もかも失ってしまいました。」と嘆いていたと言うことでした。
A君のお母さんはそのまま入院。後でA君本人がお見舞いに来てくれたが、A君は目を見張るほどの巨漢になっていて、見るからに異様な雰囲気で、中学校時代が想像もつかないほどになっていたと言っていました。





・・・と言うことで、ここからは私の思い出話になります。
中学校時代、私はA君と仲良くしていました。割と肥満体で体も大きかったA君ですが、性格は穏やかで人に不愉快な思いをさせることがない人物でした。私はK君と一緒にいると劣等感を感じるため、通学路が途中まで一緒だったことからA君とも(クラスは別でも)つるんでいました。

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家にも遊びに行ったことがあります。A君の家は北九州市内の決して安くない土地に大きな庭園を持つ純和風住宅でした。
母屋と離れの間に川が流れていて、少し小さめの寝殿造りみたいだなと思いました。中学生なりに「A君の家はきっとお金持ちなんだ。」と思いました。

15歳の春、A君も私も同じ公立高校の受験に失敗して二人ともそれぞれ別の福岡市内の高校に進学しました。
私はビーバップ高校のそれに付属する寮に入りましたが、A君は全教科家庭教師が付いて指導してくれる民間の学生寮に入りました。
高校に入っても連絡は取り合っていました。基本的にウマが合っていたのだと思います。18歳の春になると、二人ともこれまたそれぞれ別の大学に進学。
A君はとある授業料が非常に高額な歯科大学に進みました。

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大学に上がった直後の4月から、A君は写真のような車に乗っていました。
当時すでに珍しかったのですが、「程度の良い車を探すのに苦労した。○○万円だったよ。」とこともなげに言っていました。○○万円と言うのも結構高額でした。
私は免許取りたての頃は親のお下がりのエアコンの付いていない車に乗ることになっていたので(免許をとったのは夏の事です)、非常に羨ましく思ったものです。

大学に入っても連絡は取り合いましたが、私が2年生に上がる時から急にA君からの連絡が無くなりました。心の中で「ひょっとして留年しちゃったんじゃないかな。」と思いました。気まずい事だろうから、こちらから連絡を取ることは止そうと思いました。

時は流れて、私が研究者めいた仕事をし出した時(詳細はこちらをクリック)、再びA君とコンタクトを取るようになりました。市内の渋滞が頻発するエリアに有る職場にも行かなくてはならなかったため、1カ月間だけA君の土地に車を止めさせてもらって、JRで通勤したことがあったからです。(詳細はこちらをクリック

A君はお母さんとお婆ちゃんの3人で自宅で悠々自適な暮らしをしているようでした。
その頃には中学校時代に住んでいた立派なお屋敷は取り壊していたようでした。聞くと、「古かったからね。マンションにしたんだよ。」とA君は答えました。
新たに住みだした家も新築で、もともとのお屋敷の敷地から少しずれた土地に有りました。前のお屋敷より二回り小さな家でしたが、それでも一般的な住宅よりは大きな家でした。

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この頃、頼みもしないのにA君が彼女の写真なるものを見せてくれました。
グローブのケイコさんをもっと派手に、美人にしたような人でした。(なんだかケイコさんに対して失礼な事を言っている気がするのですが、その辺は読み流してください)
「おねーちゃんが俺の事を気に入って離れてくれないんだよ。」とうれしそうに笑っていました。

当時のA君は髪の毛がフケだらけで、ボサボサで、結構ムッサイ感じになっているのに、意外に美しい彼女がいるんだな、仕事を何をしているんだろう?と思いました。A君と話していると端々に不動産の事を言ってくるので、そういう仕事(ひょっとして不動産ブローカーみたいな??)をして、不労所得みたいなのがあるのだろうと思いました。

そんなこんなのある日、A君から私の携帯電話に連絡がありました。曰く、「お母さんとお婆ちゃんが行先も告げずに旅行に行ってしまった。月中に払わないといけない税金があるけど、通帳の場所も分からない。悪いけど50万いや、65万貸してくれ。」との事でした。
私は「困っているのか、自宅住まいだし問題ないだろう」と思って言われるままにお金を貸しました。

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こちらは何も言わなかったのに、ちゃんと借用書みたいなものも持ってきたから、尚更大丈夫だろうと思いました。

その後しばらくしたら親御さんたちが旅行から家に帰ってきて、貸したお金も戻ってくるだろうと思っていました。
果たしてそんな事があったある日、当時の私の職場にA君のお婆ちゃんから連絡がありました。
「ああ、旅行から帰ってきたのか、ずいぶん長いバカンスを楽しんだのだな。」と思っていましたが、A君のお婆ちゃんは私の職場に直接訪れたいと言うことでした。
日時を決めて職場で待っていると、A君のお母さんとお婆ちゃん、そしてやはり年配の、人の良さそうなご夫婦の計4人がやってきました。

A君のお母さんとお婆ちゃんとは少々久しぶりの面会ですが、笑顔はありませんでした。私も社会人になって何年目かだったし、社会人だからそんなものなのかなと思いました。他の人が入って来なさそうな部屋で面会したところ、A君のお婆ちゃんから次のように切り出されました。

「U-BOATさんはうちの子にお金を貸していることはありませんか?」

私は自分たちの不注意で子供が中学の同級生からお金を借りる羽目になったのが恥ずかしいのかな?と思いましたが、「はい、貸しました。税金を払わないといけないからと言われたので。」と答えました。

「それはいくらですか?」とA君のお婆ちゃん。
私は「65万です。」と答えました。

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すると、4人の顔がああ、やっぱりといった雰囲気で見る見るうちに落胆していきました。

え?え??何?何??どういう事??

こちらも何かただならない雰囲気に困惑して言葉に窮していると、A君のお婆ちゃんは「U-BOATさん、うちの子は税金を払ったことなんかありません。それどころか今まで働いたこともありません。」と言いました。


えっ!




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コメント

非公開コメント

No title

おはようございます。

いやいや、劣等生と卑下されなくとも、ビーバップハイスクールの主役たちの通う
愛徳高校は作者の通っていた高校がモデルで、素行はともかく学力的には悪くない、
実際学力の高い同級生もいる、という設定だったような記憶も。。。

Re: No title

グレープフルーツさん、こんにちは。

いつもありがとうございます。早朝のコメントはだいたいグレープフルーツさんからですね。
ビーバップの設定はおっしゃる通りです。ちなみにいろいろな高校が出てきますが、殆ど全て福岡市内の高校がモデルだった記憶があります。
名前が微妙に似ていて学校の評価もほぼ同じみたいなものでした。愛徳高校の名前だけは全く異なっていました。
私の学校は、決して行きたくて行った学校では無かったのですが、あの高校で過ごした灰色の青春時代がその後の進路に悪くない影響を及ぼしたと思っているので、自分としてはちょっと複雑な心境です。

ちなみにあだち充の作品で「タッチ」の後に連載された「ラフ」は私が暮らした寮がほぼそのままの形でマンガに登場しています。

No title

だまされた。



と、いうことですか?

Re: No title

サッピエロさん、こんにちは。

だまされた。




ようですよ。

こんにちは。

こんにちは、ご無沙汰してます。
朝から重い話でしたが、最後まで読んで続きが気になりました。
私の周りにもいろんな人がいました。
そのせいか、親は金を貸す時はやったと思え!
万が一(というより百が一、十中八九)返ってこなくても、諦めのつく金額にしなさい。
と常々言っていました。

Re: こんにちは。

金太郎さん、こんにちは。

少々ご無沙汰でしたね。
中学校時代の同級生に久しぶりに会った時、あの当時は嫌な奴だったのに、すごく良い奴になっていた!という経験はあったのですが、逆パターンはこの時が初めてでした。
確かこれは6月頃の出来事でして、一般の人だったらこの時期にまとまった税金を払うことなんてなかったんですよね。
逆にもっと年を取ったときに、もっとまとまった金額でこんな目に遭わずに済んだと思うのも大切だと思います。

もっと優秀な人生だと思ってました。

私も劣等生でしたが、公立高校には合格しましたよ。当時は喘息で酸素が行き渡らず、私の顔が真っ青なので朝校門の前に立っている体育教師から随分心配されました。
大学は自分探しのバイトに明け暮れて3留しましたから、私は大バカ者です。ですが、今よりもずっとゆっくりと時が流れていた時代だったと思います。パソコンも携帯もなかったけど、楽しかったですよね。

Re: もっと優秀な人生だと思ってました。

コジロさん、こんにちは。

失意とともに進んだ高校だったし、寮に入らなくてはならなかったのも不本意でした。
寮は午前6時20分起床⇒6時半テニスコートに集合して朝の点呼と体操でしたが、寝坊してびんたを食らったことが何度もありました。
その後午前6時50分から全員で食堂に集合して朝食でしたが、ここでも寝坊するとびんたを食らいました。
私は上記のダブルもありました。
学校から帰ったら、学習室で約2時間の学習時間もありました。ちょうどゴールデンアワーの番組が見れない時間帯でした。みんな我慢できずに次々にやめていきました。おかげで寮は100人定員なのに毎年60人くらい入寮できていました。
60人くらいいた同級生が高校3年生に上がるころには20人くらいになっていたので、私は我慢して卒業式の前日まで最後の一人になるまでいました。
高校卒業後家に帰ると、何も言われないのに朝早くに起き出して、自分で風呂を沸かして、片づけをするようになった私を見て親は驚いていました。
今となってはどうしてビーバップ高校を滑り止めに選んだのかさえ思い出せないのですが、振り返ってみると灰色の高校生活も苦しい寮生活も自分の鍛錬になったと思っています。
ちなみに大学はストレートで卒業しましたよw

プロフィール

U-BOAT

Author:U-BOAT
福岡県出身。縁あって静岡県浜松市に住み着いて10年になります。
いろいろなことに挑戦してみたいという気持ちは常にありますが、実力が伴っていません。
凝り性ではありますが、ネットの世界では私よりも知識の深い人はいくらでも居ます。
趣味も旅行を始め、多岐に渡ります。ジャンルにとらわれない少しばかり濃い目のブログを作っていきたいと思います。
ご指導、ご鞭撻よろしくお願いします。 2010年8月

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