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平成31年1月 故郷の美味いものを食べる旅 Vol.9

この記事はこちらからの続きです。



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午前10時40分の船で門司港に渡り、徒歩で下関まで帰った時にはこんな時間。

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今日フェリーに乗るのであまり遠出は出来ません。

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ベタなのですが、下関の奥座敷、川棚温泉へ向かうことにしました。


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山陰側に向かうと途端に田舎目いてくるもので・・

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意外に観光している気分です。

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午後1時過ぎには目的地に到着しました。

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瓦そばを食べに来ました。
大学生のころ1度食べたきりだったけど、最近多少話題になっていたらしい。
そんなに美味しかったっけ?

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こんな時間だしな。
いろんなセットメニューがあったけど、瓦そばだけにしておこう。

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注文して待つこと暫し、やって来ました。瓦そば2人分です。

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チンチンに焼けた瓦の上に茶そばと少しのお肉と錦糸卵その他・・
西南戦争の頃に旧薩摩藩の兵士が野営の時にたき火の上に瓦を置いて食べ物に火を通して食べていたという話をこのお店の創設者の方が聞いて考案した食べ物のようです。

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瓦を皿代わりに使ってええんかい?と大学生の頃から思っていました。しかし今も昔も保健所からの指導を受けたとか言う話も無かったようなので、良いのでしょう。
御馳走様でした。美味しゅうございました。

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フェリーターミナルに向かうにはまだちと早い。
もう少し遊ぼう。

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少し走ると山陰本線と並走するようになりまして・・

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東へ、東へと向かいます。

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冬場でも晴れた日の日本海はとても綺麗なので好きです。

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実はこの旅行の出発1週間前の天気予報では日曜日は終日雨となっていました。

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灰色の空の下、荒れ狂う日本海を見てもつまんないと思っていたので、本当に良かったです。

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狙った訳では無いですが、こちらもイカの活き造りが有名です。
特牛とかいて「こっとい」と読みます。中世の頃荷車をひく牛を「こといい」と言った由来からと思ったのですが、その他諸説あるようです。

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暫く走ると見えてきました。

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角島大橋です。

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1993年(平成3年)着工。

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2000年(平成12年)完成。

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現在角島の人口は1000人未満。

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これだけの人口の島にわざわざ橋をかける必要があったのか、よく分かりません。

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折り返しています。

島民の皆さんは当然のように島外に買い物に行くようになるから、島内のお店は寂れるんじゃないかと思います。
でも本土とはフリーアクセスになるから、住みにくさを理由に人口が減るリスクは減るのかな。

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それではフェリーターミナル方面へ向かおう。

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途中小月ICから中国自動車道へ。

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関門海峡を渡ったら・・

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門司港ICから下道へ。
少々時間があったので、再び北九州市門司区谷町という所に来ました。
ここは門司港からやや山間に入ったところですが、戦前は品位の高そうな人たちが住んでいたところのようです。

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現在駐車しているところの上を見ると、こんな建物が見えます。

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多分昭和初期の建築だろうな。
近代建築を扱ったブログでも、この建物に触れたブログは見たことが無いので出しておきました。

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そして、もう少し行ったところにこんなマンションが建っていますが・・・

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現在門司港駅の真向いにあるこの旧門司三井倶楽部はここにありました。
門司港レトロ計画の時に移築されたのです。
門司港レトロ計画が始まった平成1ケタ年代初頭、時代はバブル崩壊の真っただ中にありました。
当時のオーナーはJR九州でした。「門鉄会館」と言う福利厚生施設でした。

元高級住宅街にあったこの建物と土地をJR九州は早く手放したかったし、北九州市としてはアインシュタインも宿泊したことのあるこの建物を門司港レトロ計画の目玉商品にしたいし、駅前への移築はトントン拍子で進みました。
皮肉と言えば皮肉な事ですが、バブル崩壊は門司港レトロ計画にとっては追い風になっていたと記憶しています。

三井物産の置き土産がまだほかにも残っています。

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三井物産の社員寮だったとも言われる旧菱和荘です。

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少々変わった色調で塗られていますが、もともとはもう少し落ち着いた茶系統の壁でした。

一旦取り壊しが決まったのですが、幸い引き継ぐ方があらわれました。
東京大学に進学したけど、突然カボチャをモチーフにした芸術に目覚め、大学を中退して芸術家になったという少々変わった方です。
多分カボチャをモチーフにした色調なのでしょう。

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実は私が福岡を離れるころまではこんな建物も残っていました。

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三井物産の家族持ちの社員寮です。
勿論財閥解体の頃に売却され、個人の持ち物になっていましたが、最後まで借家として使われていました。

無題
とても雰囲気が良くて、当時自分の仕事が上手く行かない時は気分転換のために見に来ていました。
オーナーさんは出来れば残したかったようで、北九州市に建物保存のための財政支援をお願いしたと聞きましたが、いかんせん個人の所有物相手にそれは無理な話で全て取り壊されてしまったようです。
思い出深い話もありますから、それはまた別の機会に出したいと思います。

それでもその周りには・・

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状態はそれほどよくないですが、まだ少し戦前の洋風の意匠を取り入れた建物が少し残っていました。

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そんな記録写真を撮ったら、阪九フェリー門司ターミナルへ。

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まだ時間はあるのですが・・

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もう結構な台数の一般乗用車組も集まっていました。




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No title

特牛から小月ICということはR435~R491ですか?
R491の田部川手前信号を右折して200m位走ると、右手に【喫茶LIVE】という
ラーメンが美味しい喫茶店!がありますよ(笑)。
いつも役に立たん情報ですみません。

Re: No title

ぢぢさん、こんにちは。

土地勘が無かったのであれですが、地図を見返してみると多分国道491号を通ったのでしょうね。
喫茶LIVE・・・調べてみると素直にラーメン屋さんと名乗った方がよさそうな感じですが、行かせてもらいますね。
プロフィール

U-BOAT

Author:U-BOAT
福岡県出身。縁あって静岡県浜松市に住み着いて10年になります。
いろいろなことに挑戦してみたいという気持ちは常にありますが、実力が伴っていません。
凝り性ではありますが、ネットの世界では私よりも知識の深い人はいくらでも居ます。
趣味も旅行を始め、多岐に渡ります。ジャンルにとらわれない少しばかり濃い目のブログを作っていきたいと思います。
ご指導、ご鞭撻よろしくお願いします。 2010年8月

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