FC2ブログ

平成30年12月 舟遊プランで行く心臓に悪い旅 Vol.5

この記事はこちらからの続きです。




DSC04924.jpg

DSC04925.jpg
長洲フェリーを使って無事島原半島に上陸。
どうでも良いけど、折り返し便に乗る車もたくさん待っているな。地理的に多比良港が島原半島の付け根側にあるから諫早、長崎方面とのアクセスが早くて便利な航路のようです。





DSC04926.jpg
それでは島原市内へ。
左に遠浅の有明海、右に島原鉄道線を見ながら進みます。

DSC04927.jpg
しかし冬の空ですな。
前方に見える山は普賢岳だと思います。

DSC04928.jpg
島原城の近くに行ったら、すぐ傍に島原鉄道島原駅に到着。
島原鉄道線の中核駅のため、幸い観光案内所がありました。
そこでいろいろ尋ねて、市内を歩くことにしました。

DSC04929.jpg
ちなみにこちらは途中で見かけた昭和の洋風建築です。
消防署の建物だったような・・

DSC04930.jpg
かろうじて営業している店もあるアーケードを歩いて行くと・・

DSC04931.jpg
お目当ての店にたどり着きました。

DSC04932.jpg
個人の住宅だったところを利用した喫茶店です。

DSC04933.jpg
中に入りましょう。
伝え聞くところによるとこの建物は明治5年建築と推測されているようです。
日本国内でも最古級の洋風建築と言うことになりますね。

DSC04934.jpg
どこが洋風なの?と思われがちですが・・

DSC04935.jpg
1階は和風、2階は洋風と言うことらしいですが・・

DSC04936.jpg
2階の窓にアーチを描いた庇が漆喰で表現されているのが、まだ洋風建築がどういうものかよく分かっていなかった棟梁さんが見よう見まねで作った感じがすると思います。

DSC04938.jpg
奥の座敷に歩いて行くのですが・・

DSC04937.jpg
目の前は島原の湧水が湧いています。

DSC04941.jpg

DSC04940.jpg
猫関係の何かよく分からないものも売っています。

DSC04939.jpg
あけっぱなしなので、寒いのではないかと心配しましたが、畳の上にはホットカーペットが敷き詰められていました。
ストーブも2個あったし。座っていると調度良い位です。

DSC04942.jpg
注文したのはこちら。
島原名物のかんざらしと抹茶のセット、648円。



DSC04943.jpg
白玉を島原の水にさらしたものをはちみつを使ったシロップに入れたもの。

DSC04944.jpg
最初は1個ずつ食べるのですが、途中で面倒になって2個ずつ食べました。
美味しくいただきました。

DSC04948.jpg
商店街の中にはこんな建築物もありました。

DSC04946.jpg
こんな喫茶店も。

DSC04945.jpg

DSC04947.jpg
こんな店でいつかレモンスカッシュでも飲んでみたい。
多分50歳以上の方なら「ああ・・」と分かると思いますけど。

さて戻りましょうかね。

DSC04949.jpg
私が車を置いた駐車場は公衆浴場のすぐ傍にありました。
こちらはその飲泉場。島原市内には島原温泉もあります。
すぐ傍に雲仙温泉や小浜温泉があるから目立たないけど、ちゃんとした掛け流しの温泉です。

DSC04950.jpg
次は原城址へ向かおう。

DSC04951.jpg

DSC04952.jpg
小学生の頃島原市内に来たことがあります。
当時は結構渋滞していましたが、今は「がまだせロード」と言うバイパスが出来たおかげで市内の移動もスムーズになりました。

DSC04953.jpg

DSC04955.jpg
途中こんな所もよりました。
須川港フェリーターミナルです。

DSC04954.jpg
廃止されて10年かそこらなのに、廃墟になった印象。
建物だけは商工会議所が入っているのか、入っていたのか分かりませんが、立派でした。
島原鉄道バスは今でも寄るようです。

DSC04956.jpg
さらに南下。

DSC04957.jpg
いよいよ近付いてきたようです。

DSC04958.jpg
この丘を昇って行くと原城址に到着するはずだったんですが、警備員の方が居られてふもとの駐車場を使ってくれと。

DSC04959.jpg
あらら、世界遺産になったから駐車場料金を取られるんですかねぇ。

DSC04960.jpg
そうやって進んだ先には・・

DSC04961.jpg

DSC04962.jpg
原城温泉真砂というホテルの駐車場でした。意外に無料。

DSC04963.jpg
それでは行きましょうかね。

DSC04964.jpg

DSC04965.jpg
小高い丘が続くのですが、かつて城だったと言われるとそうだろうなと思ってしまう感じです。

DSC04966.jpg

DSC04968.jpg
本丸に向かって歩いて行くのですが、結構距離があります。
因みに島原の乱がおこった時にはちゃんと水掘りが巡らされていたようです。

DSC04967.jpg
この写真の右下あたりとかはそうなんかな。

DSC04969.jpg

DSC04970.jpg
原城の籠城戦では、破却された城に立てこもったと言う事ですが、乱がおこった当時は建物と城壁の上の部分をかんたんに崩しただけだったりしたようです。ですから結構要塞としてちゃんと機能したのではないでしょうか。

DSC04971.jpg
本丸に近付いてきました。
意外に規模の大きい城ですが、島原の乱では3万7千人が立て籠ったと伝えられています。

DSC04972.jpg
規模の大きい城だと言っても、そんな人数だと結構いろいろな所に人がひしめき合って大変だったのではないでしょうか。

DSC04973.jpg
東側は海に面しています。

DSC04975.jpg
あちらは普賢岳。

DSC04976.jpg
乱の最中、オランダ軍が幕府側に付いて海側から原城に向かって艦砲射撃をしています。

DSC04977.jpg
一揆軍はイエズス会のあったポルトガル本国から援軍がやって来るのを期待していたようです。
そのために現在の長崎市内まで密使を送り込んで、ポルトガル人に接触をさせたりもしています。
しかし実際はポルトガルと対立していたオランダが一揆軍を攻撃してきました。
艦砲射撃自体は戦いの情勢に大きく影響するものではありませんでしたが、一揆軍に対して、もはやポルトガルからの支援は望めないと心理的な動揺を誘うためだったとも考えられています。

DSC04974.jpg
本丸内です。

fc2blog_20190201144319965.jpg
一揆と言うとこんな感じのものを想像すると思います。
百姓の人たちが立ちあがって、筵旗(むしろばた)を掲げて、鍬やスキ武器の代わりに使うもの。
しかし実際に原城内に立てこもったのは関ケ原に於いて西軍に与して、その後取り潰された大名の家臣たちがメインでした。
立派な武装集団だったようです。

そんな不満を強く持つ武士たちの反乱にキリスト教信者たちも誘ったと言うか、巻き込まれてしまったと言うか。
そのためこの乱で亡くなったキリスト教信者たちは殉教者には入れられていないのだそうです。

DSC04978.jpg
天草四郎の像がありました。
天草四郎についても実は実在の人物では無かったという説もあります。
一揆軍の結束を強めるために架空のヒーローを仕立てたとか。

DSC04979.jpg
しかしこんなものもあるのですよ。

DSC04980.jpg
付近の家の石垣の材料に使用されていたという事です。
ミステリアスですな。



DSC04981.jpg
それではぼちぼち戻ろう。

DSC04982.jpg

DSC04983.jpg
島原半島をさらに南下します。

DSC04984.jpg
口之津の中心街に入ってきました。

DSC04985.jpg
そこを少しだけ過ぎると・・

DSC04986.jpg

DSC04987.jpg
こんな橋を渡って・・

DSC04988.jpg
口之津歴史民俗資料館に到着しました。

スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

No title

レスカにナポリタン。クリソも。青春の味ですな。
長崎はジャパネットしかないと思ってる人も居るかもしれませんが、海に面していると、昔はいろいろな文化が発展していたみたいで、いにしえの世界に思いを馳せてしまいます。天橋立に行った時、京丹後地方の北前船が何故栄えて、明治から急に日本海側が衰退したかとか、民俗資料館は面白かったです。

ブログ更新しました。
http://sisotokanegitoka.blog103.fc2.com/

No title

プリンアラモード もありますね♪良い雰囲気がありますね。
店内が見たかった~。

No title

ボートさんの歴史記事、面白いですね。
教科書にある内容とは違った切り口で・・・自分の認識がひっくり返るときがあります。
日本史を学ぶときは世界史も学ばないと視野が狭くなってしまうのがよく分かります。
あと、政治もですね。

Re: No tit

コジロさん、こんにちは。

レスカとか言って誰も反応しなかったらどうしようかと心配しておりましたが、安心しました。
私のブログを読んでいただける人は、どちらかというとシニア層?が多いのかもしれませんね。
メロンソーダはスーパーなどでは売っていないのに、ドリンクバーではよく見かけます。
しかも意外に子供には人気のようですね。

Re: No title

サッピエロさん、こんにちは。

入りたかったんですが、変な時間に食べると夕食が入らなくなるのでセーブしました。
すごくメジャーでもないのに、いつまでも営業している飲食店はなぜか入りたくなる雰囲気を持っているので不思議ですね。

Re: No title

フネコさん、こんにちは。

私の母方のご先祖が黒田官兵衛に血祭りにあげられた小さなお城の城主でしたから、そんな歴史を違う切り口で見てみるようになったのかもしれません。
東海地方に住んでいますが、吉良上野介は愛知県田原市では今でも名君だったと言われていますし、静岡県相良では田沼意次は尊敬される人物です。とくに後者は歴史上の評価も変わってきていますね。
明治新政府になっても納税はしばらくお米だったようだし、江戸時代にニコニコ現金決済への切り替えに成功しつつあった田村意次は間違いなく革新的政治家だったんでしょう。
あまり言われませんが、一揆が最も多く起きたのは明治時代だったようです。
近代国家に生まれ変わるための生みの苦しみだったのだと思っています。
プロフィール

U-BOAT

Author:U-BOAT
福岡県出身。縁あって静岡県浜松市に住み着いて10年になります。
いろいろなことに挑戦してみたいという気持ちは常にありますが、実力が伴っていません。
凝り性ではありますが、ネットの世界では私よりも知識の深い人はいくらでも居ます。
趣味も旅行を始め、多岐に渡ります。ジャンルにとらわれない少しばかり濃い目のブログを作っていきたいと思います。
ご指導、ご鞭撻よろしくお願いします。 2010年8月

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
最新記事
最新記事
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR