宮脇俊三先生のお話

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私が中学生だった頃のお話です。
学校の図書館でこんな本を見つけました。
「時刻表2万キロ」宮脇俊三著(写真は浜松市図書館所蔵のもの)

日本全国の日本国有鉄道(現JR)が営業する鉄道路線を全乗りつぶした自身の記録を旅行記にまとめたものです。

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当時中央公論社の常務取締役編集局長だった宮脇先生が日本全国を出張等で巡り歩いて全都道府県に立ち寄ったのを機会に振り返ったところ、意外に未乗車の国鉄路線が多くあったことから、改めてすべての路線を乗りつぶしていった過程を旅行記にまとめた本です。

こんな楽しい旅行記があるのかと夢中になって読みましたね。
自分が旅行しているような、わくわくするような気分で読みました。





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当時の私の地元周辺も乗りつぶしていったんですね。
こんな所もくまなく乗りつぶしていく様子は楽しかったです。
写真の上山田線(山田―豊前川崎間)などは昼間は殆ど列車が走っていなくて、そんなところもなるべく昼間の景色の見えるうちに乗っているのです。

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何よりもページ構成が良かったと思います。
時刻表や地図を載せている部分もありますが、挿入している部分もよく考えられて、途中でページをめくりなおしたりする必要が全く無いと言って良い程でした。

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宮脇先生はこの本でノンフィクション作家としてデビュー。それと同時に中央公論社を辞したようですね。
ウィキペディアに詳しいのですが、持ち込まれた企画を却下したりする立場である自分が作家デビューして、自社から出版する訳にはいかないとか、ライバル会社を通じての出版も筋が通らないとかいろいろな葛藤があったようです。
思い切ったことをするなと思ったら、東京大学卒業なのだそうでした。

昔の本は作家の住所なんかを平気で書いていましたよね。
訳わかんない人が押し掛けたりしなかったんだろうか。

私の大学の後輩なんぞはちびっ子の頃坂井三郎の「大空のサムライ」を読んで感動して、巻末に載っている著者自宅に電話を掛けたこともあったと言っていました。サムライはタバコを買いにお出かけ中だったそうな・・・


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当時はこんな本も見つけて読み込みました。
昭和50年代の国鉄線をくまなく一筆書きで最長と思われる切符を購入して、実際に旅行して回っているんですね。

マニアでなくては意味が分からないみたいな記述は出来る限り排除していました。それでいて例えば北海道の漆黒の闇の原野の中を、ひたすら街の灯かりを目指して列車が走る様子なんかがありありとわかるように表現していて、いつか自分もこんな旅をしてみたいと思ったりしたものです。

実際社会人になって、短い夏季休暇を利用して乗りつぶしめいた事もしてみました。
しかし、私の場合はそれほど長続きしませんでした。

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なぜなら、宮脇先生の旅行記にある路線はほぼすべて廃止されていたこともさることながら・・

意外にお金がかかったからです。←ここ重要

宮脇先生が旅行した時は昭和50年代初頭。私が真似てみだした平成10年前後には急行列車も殆ど無く、四国などは特急列車を多用しない限りは移動もままならない状態でした。
そして何よりも、商業地が駅前から国道バイパス沿いなどに移動してしまっているのが最も悩ましい課題でした。
乗り換えでどこかの駅で駅弁を買おうとしても、そもそもキオスクさえ無くなっているし、駅前商店街で食事をしようとしてもどこも閑散としていて公共の交通機関で旅行をしようとすると意外に食糧確保が困難でした。

それからここからが一番重要な事ですが、列車に乗って移り行く車窓の景色を見ていて、「あ、ここもっと見てみたい。」と思う景色を見つけても列車は無情に先へ先へと急ぎます。
すごく当たり前の事ですが、正確に列車の発車前に駅に向かって乗り込まないと多少の遅刻も待ってくれません。

更に宿泊施設が駅前に見つからない時もある!と言うのも大きな要素になりました。

昭和50年代の頃と違って平成年代20年代の現在では道路交通網の発達は圧倒的です。

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こちらの旅行の時に予土線を利用しました。(詳細はこちらをクリック
宮脇先生の旅行記では当時の地域の皆さんが数少ない運行列車をうまく自分の生活の中に組み入れて生活を成り立たせているのがよく分かるのですが、私が利用した時は週末と言うこともあるかもしれませんが、明らかにお遍路さんを含めた観光客と鉄ヲタさんばかりでした。

新興住宅街もスーパーマーケットも国道バイパス沿いなど自家用車利用を前提としたところに作られていきます。
時代は確実に変わっていくんだなと思わさせられました。

やがて車を使って好き勝手に観光地でもない地方都市を巡る旅をするようになり、ひょんなことから長距離夜行フェリーを織り込むと便利なことに気付き、現在は船ヲタ旅行記を作るために旅行をするような状態になってしまいました。

現在は鉄ヲタ成分はすっかり抜け落ちてしまっています。
岩手県の岩泉線が2014年に廃止されても、「そりゃしょうがないわ」なとしか思わなかったし、実際社会人経験が長くなればなるほど自分にとって余程便利でなければ公共の交通機関よりも自家用車を使ってしまいます。

・・・しかし、それでも気になる路線と言うものはあるものですよ。



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その路線とは飯田線のこと。
もともと直結した4社の私鉄路線(豊川鉄道・鳳来寺鉄道・三信鉄道・伊那電気鉄道)を戦時国有化・統合した路線です。

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もともと私鉄だったこともあって駅間の距離も私鉄均衡電車並みに短く、全長195.7km中に起終点を含めて94の駅があります。それらの平均駅間距離は約2.1kmと大都市の市街地路線並みです。

中央本線と比較するとみっしりと駅の表記があります。
ちょっと興味がある。

この路線については宮脇先生の著書ではあまり鉄道に興味のない出版社の担当者が帯同する旅行記もあります。

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こちらです。
宮脇先生の担当者が全く鉄道に興味なし、旅行をするなら車の方がずっと便利だと思っている、至極まっとうな考えの方なのですが、この方が旅行に帯同しています。

当時存在した門司港発山陰本線経由福知山行きの鈍行列車に最初から最後まで約18時間近く乗りつぶしたり、東京から大阪まで国鉄線を一切使わずに移動したり、東京から九州まで中央構造線沿いに一直線に公共の交通機関で移動したり、とにかく変な行程の旅行が多いのですが・・

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こんな旅行記もありました。
「こいつを飯田線の各駅停車で始発から終点まで通しで乗せてやりたい。」みたいな記事もありました。

当時は午前10時半ころ辰野を出発する豊橋行の列車があったようですが・・・

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現在は辰野午前9時59分発の544M列車がそれにあたるようですね。
これに乗って豊橋まで行ってみよう。
行程は浜松発静岡・富士経由で身延線に入り山梨着。
そこから中央本線で辰野駅まで移動。辰野駅付近で宿泊。翌日飯田線で浜松まで帰ってくるパターンです。




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コメント

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No title

北海道は今廃線ありきで経営見直しがさかんに行われていますが、変な状態です。
採算の合わない路線はやめたい、とJR北海道。 でも昨年の成績を見るとドル箱
とみられていた札幌小樽間ですら黒字になっていないことが判明。極端に突き詰める
なら、そんなにスリムになりたいなら全部やめてしまえば?と思ってしまいます。

Re: No title

サッピエロさん、こんにちは。

北海道の鉄道会社にとっては除雪にかかわる費用も大きな負担になりますね。
石勝線内にはいくつか信号所がありますが、最初は駅を置く予定だったと思います。
しかし実際は開通間際には過疎化が進んでほとんど利用が見込めないことから信号所になったんだと思っています。

高速道路網も広がっているし、小口輸送はトラックメインでしょうね。
北海道のどこからか油田が開発されれば劇的に変わるかもですけど・・

No title

紀伊半島一周贅沢寝台列車。
天王寺から出ていました。
快速扱いの客車列車でした。

「紀伊」その後に「はやたま」と回召された記憶があります。
太公望列車でしたね。釣り客が多かったです。
今もそのダイヤは一応残っていて、新大阪〜御坊間で電車が運行されています。

JR北海道。。。
北海道の大部分が過疎の状態で、貨物輸送の多くがトラックに置き換わり、
収益を上げる要素がないですね。車が普及していて今更列車を使うなんてことには
ならないと思います。

そして社長が自殺なんて今の時代にあるのかと。。
組合が強いところで、JRになっても国鉄体質のままですね。

Re: No title

こうじさん、こんにちは。

北九州には門司港と長崎・佐世保を結ぶ夜行普通列車の「ながさき」がありました。
小さい頃に雪か何かの大幅遅延の時に偶然乗車したことがあります。1両だけですが、寝台車をつないでいて、子供ながらに寝台列車に乗れた!と興奮しました。

北海道は一般道路が非常に良いのが鉄道会社にとっては辛い所ですね。
真冬の路面状況が極端に悪い時は鉄道に有利かもしれませんが、最近は除雪もしっかりしているし、おっしゃる通り収益を上げる大黒柱的存在が無いのかもしれません。
プロフィール

U-BOAT

Author:U-BOAT
福岡県出身。縁あって静岡県浜松市に住み着いて10年になります。
いろいろなことに挑戦してみたいという気持ちは常にありますが、実力が伴っていません。
凝り性ではありますが、ネットの世界では私よりも知識の深い人はいくらでも居ます。
趣味も旅行を始め、多岐に渡ります。ジャンルにとらわれない少しばかり濃い目のブログを作っていきたいと思います。
ご指導、ご鞭撻よろしくお願いします。 2010年8月

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