平成29年9月 身延線と飯田線に乗る旅 Vol.3

この記事はこちらからの続きです。





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翌朝です。

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こんな時間に起床しました。

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シャワーを浴びてすっきりしたら、朝食を摂りに1階へ。





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この食堂スペースに吹き抜けは良い雰囲気。

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私は午前7時半に食事を摂ったのですが、こちらは午前8時からスタート組のかな。おそらく昨日の花火大会で遅くなったのだと思う。

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食事の内容はこんな感じ。

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みそ汁は全国そこここで具も味噌も変わっていくなぁ。

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御馳走様でした。
美味しゅうございました。

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それでは出発しようかな。

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部屋の前には犬が静かに座っていました。

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今回の宿泊費は1泊2食消費税込みで9720円(飲み物別)でした。

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そのまま目の前の辰野駅へ。
時刻表もろくに確認しなかったものだから、午前8時頃半出発と勝手に思いこんでいた飯田線の列車はなんと午前9時前頃の出発でした。
少し時間があるのね。散歩をしよう。

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辰野は古い町だから、基本この手の白壁の土蔵が残る街なのだろうと思っていましたが・・

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住宅街に向かって歩いていると、洋風建築を発見しました。
こういうのを怪我の功名と言うのだろう。

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逆から見たらこんな感じ。

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傷んだ窓は既製品でサイズが収まるもので置き換えた模様。

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一部増築しているようですが、外装を補修すればいい雰囲気の建物によみがえるはず。

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軒が深いのがいかにも雪の降る地方の建物と言う感じ。

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これは狙った訳ではありません。
たまたま天竜川の傍まで出てきました。

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このあたりだと、こんなに小さな川なのだ。
そろそろ駅に戻ろう。飯田線はほぼ天竜川にそって南下する路線です。

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駅に戻ったのはこの時間。

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こちらは下り松本方面行列車。

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静かな駅でしたが、ここに次に来ることはあるんだろうか。
もともとは中央本線の主要駅だったものだから、駅構内はやたらと大きかったです。宮脇俊三先生の言葉を借りると「子どもたちが巣立って行ってしまい、ひっそりしてしまった田舎の大きな旧家」のような雰囲気でした。

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飯田駅まで約2時間かかります。私としては珍しく自動販売機のジュースを買いました。
静岡県内の東海道線だと、たまにトイレの無い編成もあります。事前に駅員さんにトイレの有無を尋ねましたが、「ありますよ。」と。
変な事を聞く客だと思われたと思います。

因みに昭和50年代は辰野駅では駅弁の販売があったようですね。
宮脇先生の飯田線の鈍行列車に乗る旅行記には「杣人弁当」に心惹かれたが、まだ腹が減っていなかったので、購入を控えたという言葉がありました。


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やって来た飯田駅行き列車は・・

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ロングシート仕様。
宮脇先生の紀行文では鉄道に全く興味を示さない出版社の担当者に飯田線を各駅停車で乗り換えなしの直通列車に乗せるように画策する記述もありました。
私も最初はそうしようかと思いましたが、さすがに同じ列車に6時間も乗ると飽きるだろうとか、食糧確保に困るのではないかとか、そんな不安が出たので1本早い列車にしたわけです。
実際宮脇先生も辰野を出発した後は駅弁調達に失敗し、食糧難に苦しんでいます。

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ゴトン、ゴトン・・
私は飯田線は山深い峡谷地帯を走るものと思っていましたが、長野県内飯田まではむしろ高原列車のような印象。

駅間も短いといえば短いですが、平均2キロ程度だと昨日の甲府駅周辺の路面電車並みに止まる印象の区間よりも遥かに駅間が長い印象。
予想はしていましたが、線内は殆ど無人駅。

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伊那北駅到着。ここは伊那電気鉄道が部分開業した時点での終着駅だったそうな。しかい伊那市の商店街が駅前にある駅なのに、そこでさえも無人駅の模様。

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悪そうな中学生たちが車掌さんに乗り越し分の精算をしていました。
ここで3分の遅れ発生。こんなローカル線なのに何でワンマン列車ではないのだろうと思ったら、線内の無人駅での精算業務をするためだったんですね。

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伊那を過ぎて飯田駅が近付くにつれて車窓にも住宅街が目立ってきました。

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秋に乗るとまた雰囲気が違って綺麗かもしれない。

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駒ヶ根駅停車。
ここも伊那電気鉄道が延長部分開業した時の終着駅。また現在も車両基地がある駅。
後で調べてみたら2006年までは駅弁販売もあったようです。現在は自治体による簡易委託駅のようでしたが・・

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ここでも車掌さんは精算業務に忙しいようでした。

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ゴトン、ゴトン・・

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駅に停車するたびにちょっとドアから出て駅の写真を撮りたいと思うのですが・・

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列車にはこんなギミックがあります。
不必要に開け閉めして車内の空調が乱れるのを防ぐためでしょうね。下車するつもりもないのにドアを開け閉めするのは躊躇われました。

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したがって、窓越しの写真ばかりになりますが・・

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窓がそれほど曇っていなかったので、それなりに綺麗な写真が撮れました。

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公共の交通機関を利用した旅行はやはり天気が良い方が日程をこなすのも楽です。

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そろそろ終点の飯田駅が近付いてきました。

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午前11時13分飯田駅到着。

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駅前に出てみました。
ローカル線しか通っていない地方都市の駅前にしては栄えている方だと思います。

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駅前に高速バスの発着場もありますね。
新宿行きと名古屋行きがそれぞれ1時間おきに出ています。飯田線経由の鉄道での移動では距離的にも料金的にもかなわない相手だと思います。

ここでランチにしよう。駅周辺を歩くと適当に飲食店はあったのですが、店がどこも午前11時半営業開始です。微妙な時間に来てしまった。

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そのままこちらのスーパーへ。
建物の雰囲気から以前は地方都市のデパート的な営業をしていたのではないだろうか。

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約1時間程度の待ち時間があったので・・

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3Fのフードコードに向かって・・

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普段はこんな所ではあんまり食べないのですけど、知らない町に来て、知らない店で食べるときは変にテンションが上がります。

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カツ丼とざるそばのセットw 800円くらいだったかな。
旅先で食べる業務用カツを使ったカツ丼は美味い!

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食後はアイスコーヒーを頂きました。
美味しゅうございました。御馳走様でした。

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ここでお土産物を買っておこう。

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長野県ではメジャーなお土産物もありました。

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それではつかの間の散策を終えて出発。

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幸運にもボックスシートに進行方向に向かって座ることが出来ました。

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ゴトン、ゴトン・・

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これは三遠南信道路だろうか??
違うかもしれないけど、三遠南信道路は中央自動車道を飯田から分岐して、ほぼ飯田線と並行して豊橋浜松方面まで抜ける道路です。
これが開通するとますます飯田線の利用者は減るだろうな。

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このあたりからトンネルが増えてきます。

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この辺りは天竜川の川べりにへばりつくように線路が引かれています。

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やがて小和田駅に到着。
たまたま私が座っていたボックスシートの目の前に駅名表が来ました。
皇太子妃の旧姓でもあるため、ご結婚の際には縁結びの駅だと盛り上がった駅ですね。

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わざわざ下りてじっと駅名表を見ている人もいました。
心なしか、停車時間がその他の駅より長い印象でしたが、そのまま乗車しなかったお客さんが居りました。小和田駅周辺も殆ど民家が無いはずなのですが、その後どうしたんでしょ??

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やがて目の前には大原隧道が迫ってきました。
戦後佐久間ダム建設の際に飯田線は大きく迂回させられました。
その時に掘られた全長5000メートルを超える長大なトンネルです。

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ガコン、ガコン・・
さすがに長いな。

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その後嶺隧道を通過。間もなく佐久間駅。

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佐久間駅では少々停車時間があって、恐らく18キッパーと思われる人たちが下りていくので私も下りてみました。
駅のトイレを使っている人もいますね。列車にもトイレがあるんですけど。

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この時点で約5時間列車に乗っていることになるのね。
我ながら物好きだと思う。

その後中部天竜駅を通過。やがて何となく覚えのある地名、駅名のアナウンスを聞いていると、東海地方に出てきたんだなと感じてしまいます。
車内はシートがほとんど埋まってしまい、立っている人も多数になってきました。


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やがて終点豊橋駅近くになると・・

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名鉄線が近付いてきました。

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JR飯田線は名鉄線に合流。

そしてそのまま名鉄線乗り場のある駅北側のホームに進入、終点となりました。

この辺は飯田線の生い立ちに関係があるのですが、今でも線路の主たる利用者はJR側にあるようで、この区間は名鉄電車はJRの鉄道規則にのっとり、汽笛のみ、ミュージックホーンをはらさないようです。

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ようやく豊橋到着。ありがとうございました!

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急げ、東海道本線のぼり乗り換えはあんまり時間が無いぞ!

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僅か5分程度の待ち合わせで掛川行きに乗車。

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浜名湖が見えてきました。

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今回は高塚駅で下車。

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今日は楽しい外食の日でした。

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静岡人にとってはソールフードっぽい位置付けの炭火焼レストランさわやかのげんこつハンバーグです。

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ジュージュー

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この日は塾でテストがあって、意外に!良い点数が取れてご機嫌でした。

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長野県らしいお土産も喜ばれました。
最後に私が飯田線に乗ってみようと思ったのは、暇を持て余したからと言うこと以外にも理由があります。
いったいどこから仕入れたネタかも忘れましたが、戦前のある小説に飯田線建設の様子が描写されていると知ったのがきっかけです。

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写真は葉山嘉樹、主に戦前活躍したプロレタリア文学作品を遺した作家です。

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彼の作品の一つに「濁流」があるのですが、これが飯田線建設の中でも特に難工事だった天竜峡付近の工事の様子を描いたものなのです。(この写真だけでトンネルが5個、橋梁が4つあるようです)

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予備知識無くちょっと読んでみようと思い、浜松市図書館で借りて読んでみました。

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短編小説でしたが、中央構造線も走る急峻な山の中、荒れ狂う天竜川の流れを望みながら必死に工事をする人々の様子が描かれていました。
正直なところ、プロレタリア文学と言うものはいろいろな手を使って共産主義思想を植え込む観念的な読み物が多いと思ったので敬遠していました。しかしこの作品では大自然の中で、必死に生活する名も無き労働者たちの描写に重きを置いている気がして良かったと思います。

その他の作品もついでに読んでみたんですが、意外に飯田線建設の飯場の様子を描いたものは多数ありました。
どうやら葉山芳樹自身が小説だけでは収入がおぼつかなくて飯場で仕事をしていたようです。
調べてみたら、私と同じ北九州地方出身なのでした。

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最後に船ヲタの皆さんに紹介しておきたいのが「海と山と」。
葉山芳樹は小説家として身を立てるべく、上京します。
しかし冷静に自分の書いた文章が突然に売れるとは思わなかったようで、まず生活費を捻出するために横浜で下宿を構え、やがて見習い水夫さんのような職業にありつき、イギリス領インドのカルカッタまで行きます。

戦前の国際航路の様子がいろいろ書かれていて面白いです。横浜の港町に住む人たちは当時すでに意外にハイカラな生活を送っていたようです。例えばご本人は下宿で麦だけの粥を食わされたと思っていたようですが、後になって「あれはオートミールだったのだ」と気付いています。

それから実際に船に乗り込んでからは、船内の食事のこと、部屋のこと、風呂を沸かす時のことなど詳しく書かれています。
レーダーの無い時代なのでマストに上って見張りをするのですが、もう船酔いになれたと思っていたのに、高い所に上ると半端なく揺さぶられ、我慢できなくてマスト上からゲロを散布したと言うのには笑いました。

まともな図書館だとたいてい置いてあると思うので船ヲタさんにはおすすめの1冊だと思います。

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コメント

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No title

少しクセのある作家ですが、安部譲二の「時速十四ノット、東へ」も、戦前の海洋大国の一部が垣間見えると思われます。私が惹かれた(引っ掛かった?)のは冒頭シーンのイギリスの港で、軍艦の艦長室に旅立つ日本船船長が招かれ、ビールが用意された場面です。
曰く(記憶なので少々間違ってるかも)、「ボーイが水滴の付いたビール瓶を……」。艦長が「我々は……」、「……用意しました」。

まっ、御本人の経験からでしょうか? 若年時に父親の転勤に伴い一家で渡英されてますから。

Re: No title

秋田利用さん、こんにちは。

一度それを読んでみますね。
「海と山と」では何の役職もない見習いは「ボーイ長」と呼んだらしいですよ。
コックさんにお願いしてハムエッグを作ってもらうとか、ビールを機関長の部屋に持っていくとかありました。
香港で新たに積んだ卵は一回り大きいけど、水っぽくておいしくないとか、貴重な話が聞ける感じでした。

おはようございます。ご無沙汰しております。ローカル線も最近はいつ廃線されるかわかりませんので思い立ったら旅立つのがよいかもしれないですね。

Re: タイトルなし

あきらさん、こんにちは。

島根県の三江線も廃止になりますね。まさか盲腸線でない路線が廃止になるとは思っても見ませんでした。
今から乗ろうとすると、お客さんが多くて乗れない可能性もあるそうですよ。
車両のやりくりの問題で増結出来ないらしいです。
プロフィール

U-BOAT

Author:U-BOAT
福岡県出身。縁あって静岡県浜松市に住み着いて10年になります。
いろいろなことに挑戦してみたいという気持ちは常にありますが、実力が伴っていません。
凝り性ではありますが、ネットの世界では私よりも知識の深い人はいくらでも居ます。
趣味も旅行を始め、多岐に渡ります。ジャンルにとらわれない少しばかり濃い目のブログを作っていきたいと思います。
ご指導、ご鞭撻よろしくお願いします。 2010年8月

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