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私と船旅 その馴れ初め vol5

この記事はこちらからの続きです。

湯船に使っていると少しずつ酔いが醒めて来ました。
昨晩フェリーターミナルに行ってはじめて気付いたのですが、このフェリーは2等寝台しかありませんでした。乗用車の航送料金にドライバーの旅客運賃は含まれているから、これに寝台料金を上乗せして払った瞬間「俺も出世したもんだ」と実感すること請け合いと思っていましたが、拍子抜けしました。

レストランあるフロアに上がってみるとちょうど朝食の時間でした。朝食は和定食が2種類、その他のトンカツ定食などのメニューも注文できたような覚えがあります。
レストランのメニューを見たときの印象、それは「そんなに高くないな」というものでした。
学生時代は高くて使えないという印象しかなかったんですが、社会人になって余裕が出来るとがらりと印象が変わるものです。もちろん瀬戸内海航路のフェリーのレストランでアラカルトメニューをいろいろ取るとそれなりに値段がするという印象は今でも変わりませんが。

私はというと昨日道中買い込んだ惣菜などがまだ大量にあったのでそれを食べました。
一晩たって油が回ったフライドチキンをもそもそ食べていたら、船内レストランで注文した食事を食べている人たちがとてもうらやましく感じられました。

このフェリーで初めてフォワードサロンから見る景色というものも体験しました。
天候に恵まれ、穏やかな日差しがサロンの中に降り込んでいました。海も青く、殆ど揺れもありませんでした。
ソファーに寝そべってまどろみながらゆっくりと時間が流れるのを楽しんでいました。
テレビではNHK BS放送が流れていました。日本人のルーツを探るみたいな番組の再放送があっていたと思います。
大まかに言うと遺伝子的には南太平洋のポリネシアとかミクロネシアとかそういうところから来た南方系とシベリアから来た北方系の人たちのブレンドとか言っていました。中国大陸や朝鮮半島とは直接的な関係は無かったようです。

20時間の船旅はあっという間でした。博多湾に入るため大きく舵を左に切るのが分かったとき、明日から再び研究施設での生活が始まるのかと思うととても悲しい気持ちになりました。

これが私がフェリーの旅行にはまるきっかけになった航海です。
しかし、まぁ何の予備知識も無く真冬の日本海に飛び出したわけですが、もしもその時荒れ狂う日本海で大型フェリーでさえ木の葉が舞うような感じで帰福したとしたら、生涯船を使う旅行はしない決心がついたでしょう。

その後旅行に行くときはフェリーで目的地付近まで移動、それから自家用車で観光というスタイルがメインになっていきました。
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プロフィール

U-BOAT

Author:U-BOAT
福岡県出身。縁あって静岡県浜松市に住み着いて10年になります。
いろいろなことに挑戦してみたいという気持ちは常にありますが、実力が伴っていません。
凝り性ではありますが、ネットの世界では私よりも知識の深い人はいくらでも居ます。
趣味も旅行を始め、多岐に渡ります。ジャンルにとらわれない少しばかり濃い目のブログを作っていきたいと思います。
ご指導、ご鞭撻よろしくお願いします。 2010年8月

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