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ホンダビート ちょっとした防錆処理

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これは少し古い内容となります。2010年8月に車検を終え、9月に後整備的にブレーキオイルの交換をしました。
私のビートは年中雨ざらしだからほんの少しだけ防錆処理をしておこうと考えたのです。

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使用したのはこれだけ。ノックスドールと言う会社の製品です。この缶スプレーにはシリコンを主剤とした防錆材が入っています。凍結防止剤を道路上に撒きまくるスウェーデンのボルボ車が正式に採用しているから間違いの無い製品だと思います。
気になるところに吹き付けるだけ。既に錆びているところにも湿っぽいところにも構わず吹き付けて良いそうな。(水置換性があるのでちゃんと奥まで浸透します。)

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ホンダビートのトランクのヒンジはくぼんでいて水がたまりやすいです。
用心してそこにも適当に吹き付けます。

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ホンダビートのサイドシル。オープンにしたために生じるボディ剛性の低下を補うためにサイドシルが立っているという所がカッコイイ・・・なんてそんなことはどうでも良い。

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問題はここ。サイドシルの継ぎ目が錆びやすいのです。
エンジンのエアインテークから入り込む雨水が腐食させるのと、激しい運転をする固体では応力がここに集中するからどうしても錆が発生しやすい箇所のようです。
私の車両も少し出ています。この部位にも塗装の上から直接吹きかけて置きますが・・・

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エアインテークを開けてノズルを使ってしっかりとスプレーを吹いておきました。
きっと全く何もしないよりもいいはず・・・(汗)

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最後は落ちの写真。
当時3歳のわが娘がどうしても手伝いたいというのでネジを締めこんでもらいました。
この辺は親からの遺伝の影響がありそうです。

平成23年4月 磐田グランドホテルと掛川花鳥園の旅 前編

平成23年4月上旬に掛川の花鳥園と言うところに遊びに行った記録です。
フェリーを使った大掛かりな旅行が多いので、たまには近所に行ってみようと評判の良い花鳥園と言うところに遊びに行きました。

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今回の旅行も嫁さんの車を利用することにしました。
どうでも良いけど、ワックスは洗車をするだけでかかるタイプの液体ワックスよりも、ちゃんと固形ワックスをかけたほうが持ちも良いようです。

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僅か30分で磐田グランドホテルに到着。
掛川までの日帰りでも良かったのですが、一応黒いお湯の温泉もあるし、興味があったんです。

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午後3時過ぎに到着したらこんな感じ。
あまり人気がありませんでした。
それでも宿泊したこの日は結婚式が何組か入っていたようで、ちゃんと地方都市の老舗ホテルとしての役割を果たしているようです。

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部屋はスタンダードツインを取りました。
少々くたびれた感じはしましたが、広々としていました。
ちょっとがっかりだったのはきわめて個人的なことですが、ジョギング用のスニーカーを持ってくるのを忘れたことです。
早めにチェックインして、軽く運動したら温泉に入って、夕食をしっかり堪能しようと思っていたのですが、夕方まで部屋でうだうだして、うたた寝なんぞをしていました。
そうこうしているうちに夕方になり、温泉に入って汗を流してからレストランに向かいます。

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平成22年2月 若戸渡船の旅

平成22年2月に福岡に出張に行きました。
このときもフェリーを使おうと画策していましたが、どうしても日程上一泊二日に収めなくてはならず、やむなく新幹線で浜松と福岡間を往復しました。

静岡空港が出来て、福岡便があるためか事前購入しておけば往復で28000円でのぞみが利用できるプランがあったのです。普通に購入するよりも6000円くらいお得になります。
一日目に必要な業務を済ませて、その後北九州市の若戸渡船を利用しました。

しかしそれでは写真も少なくて寂しいので、門司港周辺を散策したのそんな写真も載せています。


門司港駅
写真は門司港駅。
明治村が出来るときに移築が検討された建物です。
よくよく調べてみたらぎりぎり大正期の建築であることが分かったため、移築を逃れました。
ここは元々関門トンネルが無かった頃に本州と九州を結ぶ連絡線があったところ。
したがってトンネル開通前まではちょうど対岸辺りに下関駅があり、その名残として平成22年の時点ではこのような建物が残っていました。詳細はここをクリック

トイレ

手洗い鉢
戦時中の金属供出を逃れたブロンズ製のトイレの手洗い場も残っています。なんで供出を免れたのでしょうか?真っ先に持っていかれそうな気がしますが・・

地下道跡
かつて本州へ渡るにはここから関門連絡線に乗り換える必要がありました。
その遺構がわずかに残っています。
地下トンネル自体はとうに埋められていますが、階段は残されています。
戦時中は要注意人物をチェックするためののぞき窓が設けられていたのですが、それも解説つきで残されていました。左手のコンクリートの柱に開いた窓がそれです。
私が九州を出て行くときにはこれら説明掲示板はありませんでした。

福岡にいた頃は良く見物に来ていたこの町から戸畑方面へ。
戸畑駅掲示板
戸畑駅も私が学生時代と違って駅も改築されましたが、渡し場方面の掲示板も新調されていました。

若戸大橋
若戸渡船はわが国のカーフェリー発祥の航路(と記憶しています)。
若戸大橋が開通してから久しいのですが、この航路は残され今でも運行されています。
若戸大橋は自動車専用道だからじゃねぇの?という意見もあろうかと思いますが、開通当時は人車供用の橋でした。
しかし橋が結構高くて高所恐怖症の人が渡れないこと、またかつては結構この橋から飛び降りて自殺する人も居たこと、その後の交通量の増加に伴い当初の片側1車線から片側2車線に改装されたことなどより、人道は廃止となりました。

渡船の運賃は私が学生時代からなんと20円。平成に入っても暫くはこの値段だったと記憶していますが、定かではありません。

電停跡
若戸渡船の戸畑側には昭和60年まで西鉄北九州線の電停がありました。
渡船を降りるとそこには必ず小倉方面行きや八幡方面行きのチンチン電車が待っていました。(懐かしいなぁ)


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プロフィール

U-BOAT

Author:U-BOAT
福岡県出身。縁あって静岡県浜松市に住み着いて10年になります。
いろいろなことに挑戦してみたいという気持ちは常にありますが、実力が伴っていません。
凝り性ではありますが、ネットの世界では私よりも知識の深い人はいくらでも居ます。
趣味も旅行を始め、多岐に渡ります。ジャンルにとらわれない少しばかり濃い目のブログを作っていきたいと思います。
ご指導、ご鞭撻よろしくお願いします。 2010年8月

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